現金とコーヒー
「最近、みんな落ち着きがないと思わない?」
軍隊宿舎の共用キッチン。コーヒーを淹れていたクローディオは、姉であるコーディリアから投げかけられた質問に、毎年恒例の答えを返す。
「……今日が感謝祭だから、だろ」
「感謝祭!」
あっさりと疑問を解消してやれば、納得したというように大仰に頷かれる。
同時に姉の手にさらわれていった自分のマグカップは早々に諦めて、代わりに姉のものを手にとった。少し手を伸ばせば届くところにあるのだから、自分のものを使えばいいのにと思わないでもないが、どうせ屁理屈で丸め込まれてしまうのが解っているので、敢えて言うことはしない。
「道理で若者たちが浮き足立っているわけね………苦い」
弟から奪ったコーヒーに口をつけながら感心するように呟くコーディリアに、砂糖とマドラーを渡しながら、クローディオは軽く嘆息する。
「今年も忘れてたんだ?」
「まあね!」
「威張るなよ……」
別に期待もしていないし、コーディリアらしいと言えばらしいのだが、あまりの色事への興味の薄さに姉の将来が心配になってくる。末妹の話だと、最近、父が『早く孫の顔が見たい』と口にしているらしいが、この調子だと当分先の話になりそうだ。姉は元より、自分にも全く予定がない。
そんなことを頭に浮かべながら、マグカップにお湯を注いだところで、隣でコーヒーを混ぜていたコーディリアが唐突に手を止めた。また何かやらかすのではと不安になって振り向けば、目の前に何かを突きつけられる。
「はい、クローディオ」
「………な」
突きつけられたものを視認して、思わず絶句する。ポットを持ったまま固まるクローディオに、コーディリアは不思議そうに首を傾げた。
「いらないの?」
「い、いや……いくら身内でもこれは……ちょっと……」
恐らく本人なりに考えた結果であろう行動を、はっきり否定するのは躊躇われ、思わず言葉を濁す。
コーディリアの手に握られていたのは、ずばり現金。姉を相手にムードなど求めはしないが、これはそれ以前の問題な気がする。
複雑な心境で手から顔へと視線を移せば、得意気に笑うコーディリアと目があった。
「これで好きなものを買ったらいいわ。お菓子よりも実用的でしょ?」
そんな姉を諭す言葉を見つけられずに、とりあえず、持ったままでいたポットを置く。
そして、最終的に口から出たのは、溜息ひとつ。
「……身内以外には、やらないように」
クローディオの切実な訴えに疑問符を浮かべながらも、素直に首を縦に振るコーディリア。姉の奇行の拡散を防いだクローディオは、もう一度盛大に溜息をついて、淹れたてのコーヒーを口にした。
fin.
2011/08/30:公開
2021/05/28:修正
