仕事と休憩の境界線上
「あの二人は相変わらず眩しいなー、足が」
「そうだなー、眼福眼福」
「……まだ言うか」
学院に残る教師の姿もまばらになってきた放課後。職員室の隅で談笑するニルヴィラとスオウに目を留めて、楽しそうに話を振るロンシェと律儀に応答するウィリアム。そんな二人を横目に、ツカサは疲れたように溜息を吐いた。
前回、同じようなことをして散々注意を受けたにも関わらず、性懲りもなく足について意見を交わし始める二人に、呆れが混ざって言葉も出ない。
というか、なぜ足に限定されるのか。二人の間にブームでも到来しているのだろうか。
現実逃避にどうでもいいことを考え出せば、背後からツカサの内心を代弁するかのように、呆れた口調で声がかかる。
「またか、お前ら……」
「あ、イスカリオットさん」
振り返ったツカサにつられるように顔を上げたウィリアムとロンシェは、傍に立つイスカリオットに気が付くと、わざとらしく視線を逸らした。悪びれる様子のない二人に、イスカリオットは再度、盛大な嘆息と共に口を開く。
「お前たち、職員室でそういう話をするなと何回……」
「アニー先生がコーヒーを淹れてくれましたよー」
イスカリオットの説教は、始まって五秒も経たずに、ティーセット一式を運んできたフィオンによって遮られた。
遮った本人は、至ってマイペース。渋い表情を浮かべるイスカリオットを気にすることなく、持ってきたティーカップを並べてコーヒーを注ぐ。
「……フィオン」
「何ですか、イーシュ?」
唸るように自分を呼んだイスカリオットに、フィオンは自分のカップに角砂糖を放り込みながら返事をする。滝のように流し込まれる砂糖の量に関しては、もはや見慣れた光景になりつつあり、突っ込む人もいない。
「何ですか、じゃないだろう。人の話は遮るなといつも言って……」
「皆さんは、お砂糖いります?」
「俺はブラックでいい」
「あ、俺はひとつ」
「えっと……じゃあ、俺もひとつ」
「聞け!!!」
一向に自分の話に耳を貸さない後輩たちに痺れを切らし、イスカリオットが思いっきり机を叩く。手加減なしに叩かれた机の振動は、ティーカップの中の液体を溢すほどだが、幸いにも全員が武術科で教鞭をとっている。イスカリオットの手が机に触れるより先に、各々ティーカップを手元に避難させていた。
「もー、危ないじゃないですか。コーヒーの染みは落ちにくいんですよ?」
自分とイスカリオット、二人分のティーカップに加えて器用にポットまでも避難させていたフィオン。不満そうに口を尖らせながらも、イスカリオットにティーカップを手渡す。
疲れたように机に手を突いたまま息を吐いたイスカリオットは、自分が非難されることに釈然としない気分で、ティーカップを受け取り口をつける。
「……甘っ!」
「あ、間違えました。それ私のです」
「お前、わざとだろ……!!」
「イスカリオットさん、落ち着いて……!」
しれっと過失だと言ってのけるフィオンを怒鳴りつけるイスカリオットに、ツカサが宥めるように間に入る。残る二人は、ただ笑って見守っていた。
突き返された自分のコーヒーにミルクを加えて混ぜるフィオンの横で、落ち着きを取り戻したイスカリオットは、改めてツカサに渡されたコーヒーをブラックのまま口に含む。甘いものは嫌いではないが、フィオンの味覚に合わせたそれは、もはやコーヒーの香りがする砂糖と言っても過言ではなかった。
「……疲れた」
「大声出すからですよ」
「誰のせいだ、誰の」
「さぁ? 知りません」
怒鳴られたことが気に入らなかったのか、完全に拗ねる体勢に入ったフィオン。そんな後輩の様子に頭が痛むとばかりに眉間を押さえるイスカリオットを見て、ウィリアムは苦笑混じりに無難な方向へと話題を変える。ロンシェとツカサも合わせた。
「まぁ、さっきの話は置いとくとして、あの二人って仲いいよな?」
「ニーナ先生とスオウ? 確かに、一緒に居るのはよく見かけるかもな」
「仲は良いに越したことはないっすよね」
「ニーナ先生とスオウ先生、ですか……」
機嫌の悪さは何処へやら、三人の会話を聞いて何か思うところがあったらしく、フィオンはティーカップを置いて疑問を投げかける。
「ニーナ先生は、水妖ですよね」
「え? あ、はい」
「スオウ先生は猫でしたよね?」
「そう聞いてますけど……」
フィオンの確認のような質問に、何となく視線が合ったツカサが受け応えをする。二人の種族がどうかしたのかと、その場の全員が注目する中で、フィオンは心底不思議そうに首を傾げた。
「やっぱり、猫は魚が好きなんでしょうかね?」
どう思います? と訊ねてくるフィオンは、真顔。思わず噴出しかけて咳き込むウィリアムに、咳き込むことこそなかったものの、口を押さえて肩を震わせるロンシェ。幸いツカサとイスカリオットはコーヒーを口にしていなかったが、シュール過ぎる発言に笑うに笑えず、顔を引きつらせる。
「あー……フィオン?」
彼と長年付き合ってきた経験の賜物か、いち早く復活したイスカリオットは諭すようにフィオンの肩を掴む。存外すぐに直った後輩の機嫌を取らなくていいことを差し引いても、有り余る精神的疲労を負荷されているのは、気のせいではないだろう。
「色々と言いたいことはあるが、とりあえず……獣人と普通の猫は違う」
「えー、そうですか?」
合わせるように真顔で言い聞かせるイスカリオットの言葉に、フィオンは納得できないと言いたげな視線をツカサに向ける。なぜ自分の方を向くのかと狼狽えつつも、話がややこしくなり長引く事態だけはツカサも避けたい。イスカリオットに同意するように頷いた。横では、ウィリアムとロンシェが、未だに笑いと格闘している。
幸いツカサの同意でフィオンは納得したようで、そうですか、と頷いて再びコーヒーを混ぜ始める。大人しくなったフィオンに、イスカリオットはやれやれという風に首を振った。
「……ん? そういえばお前ら」
ふと視界に入った時計を確認して、イスカリオットは仕事の途中であろう三人に向き直る。
「大分話し込んでいるが……仕事、終わるのか?」
その言葉に、ウィリアムとロンシェはマイペースに、ツカサは慌てて時計を確認する。
「……もうこんな時間!?」
「あ、やべー。すっかり忘れてた」
「ま、たまにはこんなこともあるよな」
「そうだなー」
「ちょっ……二人とも!もうちょい慌てたらどうっすか!?」
焦るツカサに対して、先輩二人は呑気なもので、手にしたティーカップをしっかり空にしてから仕事を再開させる。
三人が進めていたのは提出期限を決められた仕事で、量は多いがそんなに手間のかかる内容ではない。簡単な内容であることから、期限は長くとられていなかった。普通に進めていれば既に終わっているはずだったのだが、ウィリアムとロンシェのツカサを巻き込んだ度重なる脱線で、元から大幅に時間をロスしている。
「これって担当はレイラちゃんだろ? 少しくらい遅れても、お小言ひとつで許してくれるって」
「そういう問題じゃないだろう。とりあえず、間に合わせる努力をしろ」
「そもそも、イーシュ先生が怒鳴るから」
「責任転嫁するな、手を動かせ!」
仕事を再開しても騒がしいウィリアムとロンシェを叱咤するイスカリオット。見慣れたその光景を眺めつつ、スプーンでコーヒーを混ぜ続けていたフィオンが呟く。
「なんか、平和ですねー」
ね? と呑気に首を傾げてみせる先輩に、ツカサは同意しかねて溜息を吐く。
「……どこがっすか」
結局、時間までに仕事は片付かずに、全員まとめて説教をくらったのは言うまでもない。
fin.
2011/08/31:公開
2019/05/17:加筆・修正
thanks!! & name thanks!!
⇒ウィリアム&ツカサ&ニルヴィラ&アニェーゼ(翡奈月あみ さま)
special thanks!!
⇒翡奈月あみ さま『マニアックな彼等』
