神の涙で満ちた箱庭



終わりの見えない鬼ごっこ


「オフィーリアさんは、ずるいですよね」

 膝に乗せた本を捲っていたルーセンシオ。常日頃から思っていたことが口から零れて、話題の本人へと視線を移せば、いつも通りの含み笑いを返された。

「何のことかしら?」

「……そういうところ、ですよ」

 窓枠に腰掛けながら足を組んだオフィーリアは、不服そうなルーセンシオにわざとらしく首を傾げて見せる。
 細められた瞳も、弧を描く唇も、全てが計算されていそうで、嘘くさい。自分の視界に映る彼女の中に、本当の彼女はどれだけ含まれているのだろうか。

「あらあら、失礼な子ね。私はいつでも《私》として、此処に居るわ」

 考えを見透かすように微笑まれて、ため息しか出ない。

「大して歳が離れているワケでもないのに、子供扱いしてくるところも、ずるいですよね」

「貴方、私の年齢なんて知らないでしょう?」

「ついでに、自分のことは何も教えてくれないところも、ずるいです」

 拗ねたように、ずるいを連呼するルーセンシオ。その様子を見て可笑しそうに笑うオフィーリアは、組んでいた足を解いて、悪戯っぽく訊ねる。

「私のことが知りたいの?」

「えぇ、とても」

 いつもは捕まえるタイミングさえ与えずにすり抜けていく彼女が、不意に尻尾をちらつかせる。
 逃がさないようにとルーセンシオが間髪いれずに応えれば、オフィーリアは何処か満足そうに彼を見下ろす。

「私は、高いのよ?」

「安いなんて、微塵も思ってませんよ」

 そもそも、安い人ならば捕まえるのに苦労はしない。そして、高いからといって諦められるようならば、最初から捕まえようとは思わないだろう。

「オフィーリアさん」

「何かしら?」

「結婚して下さい」

 半分は本気で、半分は冗談だ。少しくらいは動揺してくれるかと、過程を飛ばして口にする。尤も、目の前の男が自分に好意を抱いていることなど、聡い彼女は気付いていただろう。
 案の定、返ってきたのは、いつも通りの余裕の笑顔。

「貴方が私にプロポーズなんて、三日早いわよ」

「ですよねー……って、三日ですか?」

 適当にあしらわれて終わるものだとばかり思っていたので、具体的な答えが返ってきたことに、こちらが動揺してしまう。呆けるルーセンシオを眺めながら、当然と言わんばかりの顔でオフィーリアは頷く。

「私の誕生日は三日後だし、丁度いいんじゃないかしら?」

「そうですか……じゃあ、三日後に指輪をプレゼントすることにします」

 受け取って下さいね、と念を押せば、オフィーリアは珍しく素直な笑みを浮かべる。
 そして、期待させるように優しく、しかし、突き放すようにそっと、ルーセンシオへと囁いた。

「気が変わらなければ、ね」

 それは、まるで、拷問だ。
 気持ちを否定はしないのに、不安を煽るように囁いてくる。ぐらつけば手を差し伸べてくるくせに、決して自分から掴んではくれない。ただ、楽しそうに笑うだけ。

「……やっぱり、ずるいですね」

 諦めたようにルーセンシオが呟けば、実に性格の悪いことに、オフィーリアはとても愉快そうに笑う。

「女心は複雑なのよ〜」

 手を伸ばしても掴めないのに、届かないと決めつけるには近すぎる距離に、彼女は居る。可能性が無にならない限り、相手が諦めたりしないと知りながら。

「オフィーリアさんの心は、複雑すぎますよ。ついでに怪奇です」

「でも、好きでしょう?」

「えぇ、好きですけど」

 まるで、終わりの見えない鬼ごっこ。
 そんな毎日が、これからもずっと続く未来があることを、ルーセンシオは強く願った。





fin.
2011/10/13
2021/05/29:加筆・修正

神の涙で満ちた箱庭
七つの水槽