薬包紙とトリュフ
誰もいない静かな実験室で、黙々と作業に没頭するユリウス。感謝祭という実に傍迷惑なイベントによって学院内は慌ただしかったが、授業がないのをいいことに実験室に鍵をかけて引きこもってしまえば、実に平和な時間だった。
しかし、そんな彼の平穏な時間は、大抵、唐突に破られる。
「ユーリ教師!」
声の主にはユリウスがここにいないという考えがないのか、呼びかけと扉が開かれたのは、ほぼ同時。
危険な薬品なども置いてある実験室の鍵を持っているのは教師に限定されている。案の定、耳に入った聞き慣れた後輩の声に、ユリウスは顔をしかめながらも手を止めた。真っ直ぐに近付いてくる二人分の足音に、面倒くさそうに振り返れば、後輩であるトイと同僚のサイラスの姿が目に映る。
何か用かと視線で訴えれば、サイラスがのんびりと微笑んで隣のトイを示した。
「ユーリ、トイちゃんがチョコくれるって」
「チョコ……?」
その言葉に、眉間にしわが寄る。迷惑なわけではない。ただ、怪しい。トイが変な薬品を調合してきたことなら数え切れないが、食べられるものを持ってきた試しは一度も無い。料理をする姿なんて想像がつかないし、どう見てもエプロン代わりに白衣でキッチンに立つ人種だろう。
そんな訝しげなユリウスの表情をどう受け取ったのか、トイは「感謝祭だからね」とにっこり笑う。そんなことは嫌でも知っている。
「はい、ユーリ教師」
ぽんっと手渡されたのはリボンのかかった半透明の青い袋。うっすらと見える丸い形はトリュフだろうか、とりあえず見た目は至って普通だった。
しかし、感心したように眺めていたユリウスの横で、トイが聞き捨てならない発言を投下する。
「どれかひとつに劇薬が入っているから気をつけてね」
「誰が食うか!!!」
冗談だよ、と面白そうに笑いながら、空いている席に腰を下ろすトイ。既に腰を下ろしていたサイラスは、取り出してきた紙コップに、持参してきたのであろう水筒からコーヒーを注いでいた。それをユリウスとトイにひとつずつ押しやる。
「二人とも、それはそれで置いておいて、お茶にしよう」
「そういえば、お茶請け用に余計に作ってきたんだ」
サイラスのお茶の提案に応えたトイが、その辺にあった薬包紙に別の袋から出したトリュフを乗せていく。いくら未使用とはいえ実験道具に食べ物を乗せるのはどうかとユリウスが思案する横で、サイラスは特に気にした風もなく呑気にコーヒーを口にする。
「トイちゃんって、ビーカーとかでお茶飲めるタイプだよね」
「あ、懐かしいな。研究員時代によくやっていたよ?」
やってたのかよ、と内心突っ込みを入れるユリウスの前で、薬包紙の上にトリュフが並ぶ。そのうちのひとつを口に運んで「あ、意外と普通だ」という作成者にあるまじき、初めて口に入れましたと言わんばかりの台詞を吐いたトイが、ユリウスとサイラスにも食せと勧める。
「……変なもん入ってねーだろうな」
「薬品の類は入れていないよ?」
トイの言動に一気に不安になったユリウスが確認すれば、当の本人はあっさり首を振って否定した。
しかし、直後に悪気も無く言い切る。
「どれかひとつに刻んだ生姜が入っているけど」
「入ってんじゃねぇかよ」
やはり口に入れるのは危険かと伸ばしかけた手を引けば、トイが不服そうに訴えてくる。
「だってだね、ただのチョコレートじゃ、つまらないだろう?」
「チョコを食うのに面白みなんていらねぇよ」
「まあまあ、ユーリ」
後輩の遊び心をばっさり切って捨てるユリウスの肩を、宥めるようにサイラスが叩く。
「ただの生姜だし、大丈夫だよ。ジンジャークッキーみたいなものでしょ?」
「明らかに違ぇだろ」
あれは風味のアクセントとして入っているだけで、隠し味みたいなものだ。ぱっと見しか隠せていない刻み生姜と一緒にしないで欲しい。
そんなユリウスの尤もな意見に、つまらない、とトイは口をとがらせる。そして思い出したようにひとつ手を打ち、再び訴えるようにユリウスに告げた。
「女の子の作ったものを残すなんて男じゃない!……ってエーヴェルト教師が言っていたよ、ユーリ教師」
「だからなんだよ」
「似たようなことはウィリアム教師も言っていたよ、ユーリ教師」
「……わかったよ。食えばいいんだろ、食えば」
こうなってしまっては、トイは厄介なまでにできた頭を全力で回転させて言いくるめにかかってくるに違いない。無駄な応酬の労力はせめて削ろうと、ユリウスは妥協した。
女好き二人が余計なことを吹き込んでくれたと内心毒づきながら、トリュフをひとつ手に取る。
「誰が生姜にあたるかなー」
「楽しみだね」
「どこがだよ」
やけくそ気味に口に放り込んだひとつめのトリュフは、甘さを残して溶けて消えた。
fin.
2012/01/19:公開
2019/01/14:修正
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⇒ユリウス&ウィリアム(翡奈月あみ さま)
