神の涙で満ちた箱庭



笑顔溢れる戦闘訓練


「別に付ける必要はありませんよ、そんなもの」

 生徒数に見合った広い訓練場。その中央で、自分と同じように手足を鎖で繋ぐ相手へと、ラプンツェルは気遣うような言葉をかける。内容とは裏腹に、その声には何の感慨も滲んでいない。

「手足の自由が制限されているのは此方の事情ですし、私は気にしません」

「あら、馬鹿を言わないで」

 言葉を続けたラプンツェルに、自らに枷をつけ終えた相手──ユーフェミアが対峙する。

「ハンデをつけられて勝つなんて、私のプライドが許さないの」

 穏やかに微笑みながらもはっきりと言い切るユーフェミアに対して、そうですか、と、やはり優しく微笑みながらラプンツェルは頷き返す。
 微笑み合う二人の、一見穏やかなやりとりに黙って耳を傾けながら、ヴェイセルは考えていた。どうしてこんなことになったのか──と。

 事の発端は、放課後。
 自主練習のために訓練場へと向かう途中で、ヴェイセルはユーフェミアと行き会った。目的地が同じ場所だということもあり、彼女と一緒に歩いていたところで、今度はシェイと連れ立ったラプンツェルに鉢合わせたのだ。思い返してみてもそれだけのことである。それだけのこと……だったはずなのだが。
 そもそも、最初に会話を始めたのはユーフェミアとシェイだ。それがなぜラプンツェルとの決闘──もとい、手合わせにまで発展してしまったのか、全く原因がわからない。仲が悪いことは噂に聞いていたが、ここまでだとは思わなかった。
 理解し難い状況に、必死で頭を悩ませるヴェイセルの横で、諦めたような表情のシェイが二人へと声を掛ける。

「二人共。頼むから前回みたいに、地面に大穴あけたりしないでくれよ?」

「えぇ。シェイ君がそう言うのなら、配慮します」

「大丈夫よ。今回は魔術も武器もなしの体術戦だもの」

「……だといいけどな」

 上に怒られるの俺だもんな……とぼやくシェイの横で、ヴェイセルも思わず額を押さえる。魔術や武器を使わなくとも、あの二人であれば屋根くらい落としそうだ。容姿に反した気性の荒さは、校内に知れ渡っている。その証拠に、訓練場にいた他の生徒たちは、二人から離れるように移動して、周囲でギャラリーと化しつつある。巻き込まれたくはないのだろう。自分も出来れば帰りたい。
 そんなヴェイセルの望みも虚しく、視線の合ったユーフェミアにしっかり微笑まれてしまえば、背を向けられるはずもない。
 味方、という表現は変だが、ラプンツェル側のギャラリーにはシェイに加えて元から訓練場にいたルンとフェレナンドがいる。ユーフェミア側のギャラリーは自分一人だ。遠巻きに見ている生徒たちの中にも、ユーフェミアの弟妹は見受けられない。
 諦めて勝負を見届けることにして、対峙する二人を見守る。

 先手を打ったのはユーフェミアだった。一気に距離を詰め、容赦ない蹴りを相手の側頭部へと叩き込む。
 しかし、軍属であるラプンツェルが簡単に攻撃をくらうはずもない。流れるように後ろへと身を引き、そのままの勢いで身体ごと回転をかけて、お返しとばかりに踵をユーフェミアの側頭部へ振り抜いた。
 ユーフェミアも伊達に戦闘訓練を積み重ねてはいない。目で捉えることなく膝を着き、感覚だけでかわしてみせる。そのまま足払いをかけてくるユーフェミアの動きを予測していたように、ラプンツェルは振り抜いた足が着地する前に身体を捻り、宙に浮く形で避ける。
 そんな、両者一歩も引かない激しい攻撃が繰り広げられる中で、シェイの横で地べたに座り込んでいたルンが呑気に声を上げる。

「ラプ〜、あんまり動くとパンツ見えるよー? ……あ、ぴんくー」

 茶々を入れるという表現のしっくりくる内容に、すかさずルンの顔面に小石が飛んだ。慌てることなくそれを弾いたルンは、面白そうにけらけらと笑う。
 ちなみに、ルンに弾かれた小石は綺麗にフェレナンドへと向かい、彼によって地面へと落とされた。

 ──開始から15分。
 ルンの小さな妨害を受けながらも試合は続いていたが、一向に決着がつく気配はない。どこにそんな体力があるのか、動きが鈍ってくる様子も二人には見られなかった。
 終わりの見えない戦いに、ヴェイセルは同じく隣で手持ちぶさたに佇んでいるシェイに問う。

「あの、シェイ先輩。これ、どのくらいで終わりますかね……」

「どうだろうなー……日が暮れる前には、終わって欲しいな」

「……そうですか」

 どこか遠くを眺めるように希望を口にしたシェイに、ヴェイセルは肩を落とす。夕方に立てていた予定は崩れたと思った方がいいだろう。
 ため息を吐いたヴェイセルの肩を、同情するようにシェイが叩く。

「まぁ、誰か先生でも来て、止めてくれればすぐに終わるって。……たぶん」

 しかし、誰かが訓練場へと入ってくる気配は、今のところない。
 もうしばらくは続くであろう確信的な予感に、ヴェイセルとシェイは顔を見合わせ、諦め半分で肩をすくめた。



fin.
2012/01/20
2019/05/24:加筆・修正

神の涙で満ちた箱庭
七つの水槽