神の涙で満ちた箱庭



彼と彼女と信頼の証


「ねぇ。見て、ハーバート」

 名前を呼ばれたハーバートが声の主──イレインへと視線を向ければ、笑顔を浮かべた幼馴染の顔が目に入る。ハーバートが注目したことを確認して、イレインは芝居がかった動作で白衣の裾をひらりと翻した。

「じゃーん!」

 得意気に揺れる白衣の下から出てきた少年に、ハーバートが驚くことはない。そもそも、足は見えていたし。
 彼女の方も、驚かせたかったわけではないのだろう。ハーバートの薄い反応を気にすることなく、自分の後ろに半ば隠れるように立っていた少年を前へと押しやり、肩を抱く。

「この子ね、エフィって言うの。可愛いでしょう? 今まで作ったECの中でも自信作なの」

「へぇ……よかったな」

 ECを生み出すことに楽しみを覚えるイレインの感覚は、ハーバートには今一つ理解することができないものだ。
 生み出した以上、責任を持って育てるというのならまだしも、彼女にその考えは見られない。以前、生み出したECは、何を思ったのか中央大陸の学院へと入れたらしい。不幸になることはないだろうが、それが幸せなのかと問われれば、同意もしにくい。
 身体の基盤に使った基質やら遺伝子の配列やら、小難しい話を延々と語るイレインに、適当に相槌を返しつつ、本を広げる。
 そのまま、本の内容を追いながらイレインの話を聞き流していれば、次の瞬間、疑いたくなるような言葉が耳に届いた。

「それでね、ハーバート。この子、引き取ってくれる?」

 予想もしなかった展開に、ハーバートは思わずページを捲っていた手を止める。

「……キミさ、俺がECを好きじゃないの、知ってて言ってるだろ」

「でも、嫌いじゃないでしょう?」

 何を根拠に確信したのか、自信たっぷりにイレインは笑う。その笑顔から視線を外して、彼女の傍らで佇む少年へと目を移せば、ただ無表情に見上げられた。
 嫌いではない、というイレインの言葉は確かに間違ってはいない。ECにだって性格がある。性格があれば相性だってあるのだから、一様に嫌悪感を持つのはただの差別だ。

「……苦手なんだよ」

「えー、なに考えてるかわからないから? あ、懐いて貰えるか不安なんでしょ! 大丈夫、《信頼》与えてるから」

 一人で疑問を提示し、自己解決して納得したように頷くイレイン。ハーバートが引き取りに同意することは、彼女の中では確定しているらしい。
 ハーバートも無駄にイレインと長年付き合っているわけではない。こうなってしまえば何を言っても無駄だとわかっているので、息を吐いて首を振るだけに留めた。

「そう、そりゃあ良かった、一安心だよ。……他は?」

「それだけよ」

「……はい?」

 当然のように言い切られて、思わず聞き返す。学習能力はあるけど、と付け加えたイレインが、目の前の少年以上に何を考えているのかわからない。

「……レイン、キミはこの子を人間にする気がないのか?」

「イレイン、よ」

 責めるように訊ねたハーバートに、イレインは律儀に訂正を入れる。二人のやりとりにも、何の反応も示すことのない少年の顔を見て、目を細めた。

「……可愛いエフィに、無限の可能性があらんことを」

 ハーバートの質問に答えることなく、微動だにしないエフィの頭を撫でて、イレインは楽しそうに笑う。

 そして、その日を境に彼女は消えた。





fin.
2012/11/30
2019/05/18:加筆・修正

神の涙で満ちた箱庭
七つの水槽