某日、海の見える街にて
タイム・セルを回収するためにやってきた、海の見える小さな港町。
町で一番高い石造りの建物の屋上で、テンは立ち並ぶ民家の間から見える海へと指を伸ばす。正確には、海に近い町の一画を。
「感覚的には、あっちかな」
その言葉に、隣で柵にもたれるようにして町を眺めていたシセイも、テンの指先を視線でたどる。空気中に微かに混ざったセルの匂いは判別できるが、中途半端にそよぐ風に流されて、方向まで特定することは難しい。
じっと海の方向へ目を凝らすシセイに、テンは首を傾げる。
「なんか視えた?」
「いや……大体、俺視るの得意じゃねーし」
眉間に皺を寄せて首を振るシセイに、テンはやれやれと肩をすくめる。
「仕方ないなー。シセイ、ちょっとしゃがんで」
テンの唐突な要求に、疑問符を浮かべながらも素直に腰を下ろしたシセイ。満足そうに頷いたテンはシセイの右肩に膝裏をかけると、そのまま左肩には膝を乗せる。結果、出来上がったのは中途半端な肩車。
一方、予告なしに体重をかけられたシセイは当然の如くバランスを崩し、先程まで自分の体重を預けていた柵に慌てて掴まり、体勢を立て直すはめになった。顔面から地面に衝突するという事態を間一髪で免れて、息を吐く。
そんなシセイの危機を余所に、テンは肩にかけた右足を揺らして更なる要求を重ねてきた。
「はい、立ってー」
「立てってお前な……つーか、骨!当たってる!」
「まぁ、太ってはいないつもりだし、骨くらい当たるんじゃない?」
「痛ぇっつの!なんでそんな中途半端な乗り方してんだよ!乗るならちゃんと乗れよ!」
「えー……シセイに重心まで預けるのは、ちょっと不安かな」
だったら乗るなと毒づきながらも、シセイは立ち上がる。テンは少し高くなった景色と、取り出した地図とを見比べる。
そんな二人の様子に、後ろで予定を確認しながら黙ってやり取りを聞いていたミレイユが、ぽつんと口を開く。
「なんか、兄弟みたい」
「……は?」
テンに顔が見えないのをいいことに、シセイは思わず渋面を作る。
誰と誰が、とミレイユは明言していない。だが、直前のやり取りから、そんなことはわかりきっていた。
つまり、シセイとテンが。
──ない、あり得ない。
こんな弟がいたら絶対に苦労するに決まっている。いや、そもそもテンは女だから弟にはならないけれど。
「やめてよ、ミレイユ。シセイに似てるなんて、生物学上は女っていう肩書きすら返上しないといけなくなるじゃん」
「お前、失礼だな」
遠慮の欠片もなくはっきり言ってのけたテンに、自分の考えていたことは棚に上げて反射的に言い返すシセイ。
「それほどでもー……あ、ここだ」
明らかに適当な相槌を打ちながら地図を追うテンに、仕事中だということを思い出し、シセイも余計な言葉を続けるのは止めた。別に『仕事中は私語厳禁!』などという規則はないが。
「っていうか、シセイ、視る訓練した方がいいよ?」
「えー……場所がわかればいーんだろ?」
「絶対に見えた方が便利だってば。ちなみに、今回は地図でいうとここだから」
「そんな離れた場所にあるセルなんて、お前じゃなきゃ見えねーって」
「為せば成るって」
ほら、と目の前で地図を広げられる。
訓練も仕事の内だと言われてしまえば、シセイは渋々ながら地図と景色を比較するしかない。先ほど固めた仕事意識はどこへやら、なし崩し的に雑談をしながら地図を覗く二人に、再びミレイユが呟く。
「……やっぱり、兄弟みたい」
二度目になるその言葉に二人は地図から目を離し、ミレイユへと顔を向ける。
ミレイユにしてみれば、それほど深い意味を込めたつもりはなかった。揃って半眼を向けられて、思わずたじろぐ。
「だから……なんでだよ」
「どこらへんが兄弟っぽく見えるのかは、聞いてみたいかなー」
「え? その……どこっていうか」
育った環境のせいか他人と接するのに慣れているテンと、スラムで子供の相手をしていたせいか年下の扱いに慣れているシセイ。たまたま性格が噛み合ったのか、お互い遠慮なく物を言い合っているように見える。
「その、遠慮してない感じが、なんかいいなーって……」
不安そうに、反応を窺うように言葉にするミレイユ。そんな様子を見せられてしまえば、テンとシセイもそれ以上の理由を追及するのは憚られる。
とりあえず、そんなものかと納得することにして、テンは頷く。
「遠慮してないっていうか、シセイは無神経なだけだよね。うん、知ってた」
「いや、そこは勝手に納得すんな」
「ほら。そういうところが、ですよ」
羨ましいです、と少し拗ねたように続けたミレイユに、テンが笑いながら手を伸ばす。
「なら、ミレイユ。僕のお姉さんになる? 大歓迎だけど」
「なんだ、この扱いの差……」
片や拒否して、片や大歓迎とは。
優しくしろとは言わないが、あまりの落差に納得がいかない。嘆息と共に呟いたシセイの頭を軽く叩いて、テンは肩から飛び降りる。
「さて。場所もわかったことだし、仕事しに行こうか」
広げたままの地図をひらひらと揺らしながら、階段へと向かうテン。その背中をシセイとミレイユが追う。
「そうだ、シセイ。足手まといになったら蹴飛ばすからね、ミレイユが」
「え? わ、私?」
「それは洒落にならねーだろ!」
潮風の中に確かにタイム・セルの匂いを感じながら、そんな軽口を叩く。
そして、彼らは赴くのだ。
街角の小さな戦地へと。
fin.
2012/01/18 公開
2021/05/14 修正
thanks!!
⇒ シセイ(閏宮さま/撤退済)
⇒ ミレイユ(サラキさま)
