最期を迎えるその瞬間まで
その時間、ギードは珍しく市街を歩いていた。
今のところ、天気は快晴。その影響もあってか多くの店がシャッターを開けている商店街を、少女の歩調に合わせてゆっくりと進む。
ギードの少し前を歩く少女──セイディの足取りは不安定だ。何に興味を引かれているのか、前ではなく上を向いて歩を進め続ける。先程から石畳のわずかな段差に何度も足を取られては、転倒こそしないものの大きく身体を傾がせていた。
そして、また。
「セイディ、前を向け」
何度繰り返されるかわからないその行為を見かねて、ギードは声をかける。セイディは言われた通りに顎を引いたが、変わらず不安定な足取りが前を見てはいないことを物語っている。
ギードは面倒くさそうに舌打ちをして、ふらふらと歩くセイディに並んだ。並んだタイミングで、再び段差に躓いて傾いだ腕を、容赦なく掴んで引き戻す。
腕を掴まれたセイディは、自分が転びそうだという自覚がないのだろう。何事かと問いかけるように首を傾げる。
「……まったくお前は、」
まっすぐ歩くことも出来ないのか。
そう文句のひとつでも言ってやろうかと口を開き、言ったところで理解しないだろうと思い直す。言葉を切って、自分を見上げる顔を軽く睨むに留めた。すぐに視線をセイディから外し、腕を掴んだまま歩き出す。転ばれては人目を引いて迷惑だ。
それでも時おり躓くような気配を感じ、視線だけで様子を確認すれば、今度は真横を向いていた。店を眺めているわけではないだろう。
「……セイディ」
名前を呼べば、振り返る。
自分を見上げるセイディの表情からは、何を考えているのか読み取ることは出来ない。そもそも何も考えていないのかも知れないが。
一体、誰が想像するだろうか。まともに歩くことすら儘ならないこの少女に、時間を──広く捉えれば世界を崩壊させる力があるなどと。
《時間の崩壊》とは、死という概念のない自分たちタイム・セルの事実上の死をも意味する。それをもたらす少女を手懐け、《再構築》という唯一の直接的な対抗能力を持っているからこそ、ギードは文字盤の中心に立っていられるのだ。その能力さえ無ければ、とうの昔に他の誰かに命さえ奪われていてもおかしくはない。身一つで闘えば、他のヒューマンセルの方が確実に有利なのだから。
ギードの持つ《再構築》の能力は、無能である。発現するには『時間が崩れている』ことが前提になるが、時間は自然に崩れはしないし、故意に崩せるものでもないからだ。
──腕を引かれるままに付いてくる、この少女を除けば。
再び上を向き、ぼんやりと空を眺めながら歩を進めるセイディ。彼女が本気で崩壊を望めば、世界どころか自分たちもどうなるかわからない。
自分たちだけならば、能力によっては一時的に崩壊を免れることも可能かも知れない。自分の時間を異次元に飛ばすなり、別のモノから奪って補完するなり、対応が出来る者もいるだろう。
それでも時間は有限だ。やがて確実に訪れる限界を、食い止める術は持たない。
「……お前は何処へ向かうんだろうな、セイディ」
ギードの呟きに反応して、セイディは再び彼を見上げる。答えを探すように揺れるセイディの瞳に、何となく零した言葉がしっかり届いていたことに気が付いて、ギードは顔をしかめた。セイディの視界を遮るように、ずれた帽子を深く被せ直す。
「考えなくていい。別に質問したつもりはない」
その言葉に何処と無く安堵したように帽子に触れるセイディを一瞥して、ギードは前を向く。
急いたって何も変わらない。どのような形であれ、いつか終わりは来るのだから。
それでも、最期を迎えるその瞬間まで。
「……足掻いてみせるさ」
自嘲気味に呟かれた言葉は、誰にも届くことなく喧騒に溶けた。
fin.
2012/01/19 公開
2021/05/14 修正
