聖女の伝言
いくつかの角を曲がり、数枚の扉をくぐった先。アダムス大聖堂の最奥に位置する《聖域》と呼ばれる一画へと、ルーアンは歩を進めていた。
視界に捉えた入口に一歩近付けば、壁に背を預けていた少年が顔を上げる。
「……ルーアン枢機卿」
確認するように呟いたのは、裁断者であるニコラス。何か用かというように自分を注視する彼に、ルーアンは用件を口にする。
「聖女様に謁見したいのだが、取り次いではくれないか?」
「あぁ、謁見ね」
了解、といつも通りの不躾な調子で頷いて、ニコラスは壁から背を離す。ルーアンが近付くのを待って、入口の奥へと足を踏み出した。
無愛想なニコラスに先導される形で廊下を歩く。表と同様の大理石造りの廊下には、窓がない。薄暗い廊下に響くのは、二人分の足音とニコラスの背負う十字架の飾鎖が擦れる音だけ。
冷たく反響する足音を聞きながら歩を進めれば、程なくして装飾の施された扉の前にたどり着く。
「クラウゼ」
ニコラスがノックと共に名を呼べば、少し間を置いて扉が開いた。
「……何か用か」
あからさまに不機嫌そうな顔で扉を開いたのは、ニコラスと同じく裁断者であるクラウゼ。露骨に機嫌の悪そうな彼女の様子を特に意に介した様子もなく、ニコラスは用件だけを淡々と告げる。
「枢機卿が、イヴ様に謁見したいって」
その言葉にクラウゼは、視線をニコラスからルーアンへと移す。何が気に入らないのか舌打ちでもせんばかりの形相で見上げられて、思わず苦笑が漏れる。聖女贔屓で知られる彼女としては、イヴとの貴重な時間を邪魔されるのが嫌なのだろう。
「……こちらへ」
それでもニコラスよりは幾分か丁寧な対応で、部屋へと通される。案内をクラウゼに引き継いだニコラスは、早々に持ち場へと戻ってしまった。彼らしいと言えばそれまでだ。
落ち着いた雰囲気でまとめられた前室でクラウゼに少し待つように告げられて、ソファへと腰を下ろす。
枢機卿という役職柄、この部屋へ足を踏み入れるのは初めてではない。いつ来ても変わらない室内の空気に、この空間だけ時間が止まっているのではないかと錯覚しそうになる。
「枢機卿」
数分と経たずに戻ってきたクラウゼの表情は、目に見えて不機嫌さを増していた。深くなった眉間のしわを隠すことなく、それでも使命感からか取り次ぎ役としての言葉を口にする。
「イヴさまがお会いになられる」
奥へ、と示されたのは入口とは反対にある扉。クラウゼが動かないところを見ると、付いては来ないようだ。
襟を正してから扉を叩けば、どうぞ、と柔らかく落ち着いた声が返ってくる。
「失礼致します」
扉の向こうは、小さなサンルーム。窓のない聖域の中で、唯一、日の光が射し込む場所。目に映るのは、その窓際に置かれた椅子に腰掛けて微笑むイヴの姿のみ。
「今日はどうしました? ルーアン」
いつも通りの穏やかな口調で訊ねてくるイヴの前に進み出て、ルーアンは膝を折った。
「雑務を片付けに出て参ります。御前を離れることをお許し下さい」
「えぇ、構いません」
口上を述べて頭を下げるルーアンに、ゆっくりと首を縦に振ったイヴ。
「システィナに、宜しく伝えて下さい」
当然のように続けられたその言葉に、思わずルーアンは顔を上げる。
「違いました?」
そう、首を傾けるイヴ。ただ優しい笑みを浮かべる彼女にルーアンは、いいえ、と苦笑して。
「聖女様からの伝言、確かにお届け致します」
聖女に再び、頭を下げた。
fin.
2012/05/07 公開
2021/05/14 修正
thanks!! & name thanks!!
⇒ ルーアン,システィナ(閏宮さま/撤退済)
⇒ クラウゼ(サラキさま)
