薄桃色の幸せを願って
敷地面積に比べて人が少ないせいか、どこか閑散とした雰囲気が漂うアダムス大聖堂。その大理石で出来た廊下は、一歩足を踏み出す毎に、足鎧を弾いて冷たい音を響かせる。
野暮用で中央へと赴いてきた、足音の持ち主──イェルドは長い廊下の向こうに見知った姿を見つけて、声をかけた。
「……お久しぶりです、ルーアン枢機卿」
足音で気付いていたのだろう。声をかけられたルーアンは、特に驚いた様子もなく振り返る。
「イェルドか」
大聖堂内だからと、仕事用の畏まった態度で話し掛けたのがいけなかったのだろうか。名前を呼ぶと同時に、露骨に渋い顔をされた。尤も、素を知られている身内に不評であることはイェルド自身も承知済みだ。
「やめましょうか?」
「是非、そうしてくれ」
言葉少なに態度を戻そうかと問えば、何をと聞き返すこともなくルーアンは頷く。そのまま何かを探すように自分の背後へと視線を向けた彼に、行動の意味を察したイェルドが普段の調子で肩をすくめた。
「残念ながら、うちの可愛い助祭はお留守番だよ」
想い人の不在を告げられて、そうか、と少し残念そうに表情を曇らせたルーアン。直ぐにいつも通りの表情でイェルドに尋ねる。
「変わりは?」
発せられた一言の意図を、イェルドは経験から正しく汲み取った。自分に対する近況確認で無いことなど承知済みだ。
「そうだなー。システィナが、一度に3人に求婚された日があったかな」
さりげなく様子を窺いながら助祭の近況を口にすれば、案の定、ルーアンの肩が跳ねる。
「……事実か、それは」
「嫌だな、ルーアン様。同士に嘘はつきませんって」
少し言葉を省いたせいで誤解を招いてはいるが、嘘はついていない。
システィナに求婚した相手は、自分の勤めるイシドールス大聖堂に付属する孤児院の子供たち。小さな男の子に有りがちな、年上の女性への憧れに似た初恋。正しく伝われば、ただの微笑ましい話で済むのだが、イェルドは敢えて事実を補足することはしなかった。
その方が楽しいから、なんてことは断じてない。煮え切らない二人へのささやかな配慮だ。
自分の親切心と遊び心の混ざった行動を肯定するように、一人頷くイェルド。そんな彼の様子に気が付くことなく、ルーアンは心なしか落ち着きを無くした様子で問う。
「こちらには何日滞在するつもりだ?」
口端が吊り上がらないように気を付けながら、イェルドは努めて普段通りに口を開いた。
「中央は明日にでも出るけど、北と東に用事があるから一週間は空けるって言ってある」
「そうか、わかった」
返事を聞くなり、失礼する、と背を向けるルーアン。いつもは冷静な彼の急く姿に、イェルドは堪えきれずに小さく笑う。
「ルーアン様。今回は早めに帰るって、システィナに伝えといて」
背後から投げかけられたその言葉に、ルーアンは思わず足を止めた。身体ごと振り返り、訝しげに眉をひそめる。
「私は何も言っていないが……」
「いやいや。今すぐ行きますって感じだったからさ」
確証があったわけでもないが、勘は外れなかったらしい。態度に出ていただろうかと首をひねるルーアンに、宜しく、と再度念を押して、イェルドは踵を返した。
自分の用事を済ませるべく歩を進めれば、直ぐに目を引くのは聖堂の庭園。澄んだ青空の下に、薄桃色の花が控えめに映える。足を止めて振り返れば、未だに廊下に佇む枢機卿の姿。綺麗に整えられたこの庭園は、確か彼の管轄だったか。
管理者の性格を表すような、穏やかな景色と色合いを前に、イェルドは何となく呟いた。
──二人の未来が、穏やかな空の下に在らんことを。
その言葉に応えるように、薄桃色の花が穏やかに揺れた。
fin.
2012/05/07 公開
2018/10/18 修正
thanks!! & name thanks!!
⇒ ルーアン,システィナ(閏宮さま/撤退済)
