ある朝の出来事〈The Past〉
計時機関で働き始めて数ヶ月。
見慣れてきた計時機関の居住区の一室で、ハチヤは姉であるコチョウの理不尽な怒りに晒されていた。
「どうして起こしてくれないの、ハチヤは!」
「逆に、どうして起こして貰おうとするんだ、姉さんは」
起き抜けから騒々しい姉の駄々っ子のような理不尽さは、今に始まったことではない。いつも通りの弟の冷めた対応に、コチョウは拗ねたように頬を膨らませる。
「だって起きられないんだもの!」
当然と言わんばかりに返された言葉にハチヤはやれやれと首を振り、ベッドの上に散乱する洋服へと手を伸ばす。それらをハンガーに引っかけてクローゼットへと戻しながら、視界の端に映るのは鏡に向かう姉の姿。時間がないと口にしながらも、コチョウはしっかりと身形を整えていく。ちなみに起きてから着替え終わるまで既に十五分は経過しており、ハチヤがこうして片付けている服も、着替える過程でぶちまけられたものだ。
身形を気にするなとは言わないが、そこまで気合いを入れる必要もないだろう。告げたところで「だって女の子だもの!」という、理解し難い返答が返ってくることは明白なので、口に出すことはしない。
きちんと結い上げた髪に飾りを挿し、何かに納得したように鏡に向かって頷くコチョウ。すぐさま上着と鞄を手に部屋を飛びだそうとする姉を、ハチヤは呼び止めた。
「姉さん、忘れもの」
ベッドのサイドテーブルに置きっぱなしにされていた時計──クラック・クロックをコチョウへと放る。
「急げよ、下でヴィオレントさんが待ってるんだから」
部屋から一歩出たところで懐中時計を受け取ったコチョウは、そんな弟の言葉にきょとんとしたように首を傾げた。
「……ハチヤは来ないの?」
「今回は別件」
「そっかぁ……あ!おはよう、ワンコさま!」
淡々とした弟の返答に残念そうな顔をしたコチョウだったが、丁度よく現れた仕事仲間の姿にすぐさま笑顔を見せる。
隣の部屋から出てきたワンコさま──ウィラードは寝起きなのか反射的に挨拶を返そうと口を開く。しかし、一瞬遅れて呼び掛けられた言葉を理解したのか、口をつぐんで顔をしかめる。
「……誰に聞いた、それ」
「ふふふーっ。ルイスに聞いたの」
悪戯に成功した子供のように、実に楽しそうな笑みを浮かべるコチョウ。完全に足を止めてしまった姉に、ハチヤは盛大に溜め息を吐く。
「姉さん、し・ご・と」
「仕事って……あぁっ!」
背後から声をかけてやれば、すっかり忘れていたのか奇声が上がる。
「もう大遅刻!じゃあね、二人とも!」
そのまま振り返りもせずに階段を駆け降りるコチョウの背中を見送って、ウィラードが笑う。
「朝から元気だなー」
「……すみません、うるさくて」
決して悪い姉ではないのだが、もう少し落ち着いてくれればいいと常々そう思う。
そのまま食堂へと向かうウィラードを見送り、散らかった姉の部屋を改めて見回す。タイム・セルの回収のために地方へ向かった姉は、少なくとも明後日までは帰って来ない。それまでに掃除でもしておこう。
「……終わるか、これ」
適当に仕舞われた装飾品に、使い切ることなく放置された化粧品の数々。加えて、至るところに放置されている読みかけの本──早くも気持ちが折れそうになる。
しかし、自分がやらなければ誰がやるというのか。手始めに散らばる服をクローゼットへと仕舞う作業を再開しながら、ハチヤは決意した。
姉に片付けを覚えさせよう、と。
これは、そんな数年前の出来事。
fin.
2012/05/19 公開
2018/10/18 修正
thanks!! & name thanks!!
⇒ ウィラード,ルイス(閏宮さま/撤退済)
