正義の所在〈Old tale〉
「……セル臭ぇ」
すれ違い様に、僅かに香った鼻に残るような異臭。嗅ぎなれた不快感を煽る独特な香りに、テンは顔をしかめた。
すれ違った人物──カインを身体ごと振り返れば、呟いた言葉が聞こえたのだろう。足を止めて、上着を軽く払う素振りを見せた。
「臭ったか?」
「臭ったか? じゃねぇよ、俺の嗅覚なめんな」
「それは……悪かった。今回は少し大きな仕事だったからな、臭いも付いたのかも知れない」
少し困ったように言葉を並べたカインに、テンは僅かに目を細める。
「……カイン」
自分より低い能力しか持たないカインは、知らないのだろう。染み付いたタイム・セルの香りは時間経過により若干だが香りを変える。
大きな仕事だったというカインの言葉に嘘はない。だが、今も周囲に漂うこの臭いは、数時間前に終わっているはずの仕事で付いた残り香などでは決してないのだ。
「お前の事情に余計な口出しする気はねぇけどな、優秀な俺が忠告だけはしといてやる」
彼から漂うのはセルと遭遇した直後特有の、まだ新しい香り──。
「情は切り捨てろ。んなもん持ってても、役に立たねぇんだよ」
睨むように吐き捨てるテン。その視線から逃れるように、カインは目を伏せる。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……それが、時計屋としての正しい在り方なのだろうな」
「正しいかどうかなんて、知らねぇよ」
無責任にそっぽを向くテンに苦笑して、カインは胸に手を当てる。
「肝に命じておこう」
そう応えて踵を返したカイン。帰宅するのであろうその背を視線だけで見送って、テンは窓枠に切り取られた空を仰ぐ。
透き通るような青空は、泣き出しそうな色をしていた。
fin.
2012/05/19 公開
2018/10/18 修正
