Crack Clock



無償の愛


「ねぇ、ひとつだけ聞いてもいい?」

「なーに、シェリ?」

 噂話が飛び交う仄暗い部屋のボックス席。白い革張りのソファーに腰かけていたテンは、隣に座る女性──シェリフルールに不思議そうに首を傾けられて、問い返す。

「テンくんは、探偵さんなの?」

 シェリフルールの口から出たその言葉に、くすりと笑って首を振った。

「はずれ」

 YesかNoで答えられる質問をしてくるところが彼女らしい。その問いかけの仕方は、具体的な答えを提示する必要はないということだ。
 深入りされては困る上に、上手い誤魔化しを考えるとのも面倒くさい。無駄な詮索をしてこない彼女は、最近のお気に入りだった。

「僕がしてるのは、誰かの幸せのために別の誰かの幸せを頂戴する、ギブアンドテイクなお仕事だよー」

 自分の答えが外れたことに少し残念そうな顔をしてみせた彼女に、少しのサービス。それを聞いたシェリフルールは、ふぅん、と感心したように頷いた。
 そして、いつもよりも、ほんの少し小さな声で呟く。

「……それは、何だか愛に似ているわね」

「愛?」

 テンが首を傾けて訊ねれば、綺麗な彼女は少しだけ寂しそうに目を伏せて。

「無償の愛なんて、ないじゃない?」

 そう、微笑んだ。
 愛情というものが人と人を繋ぐ絆である限り、一方通行はあり得ない。それが形のないものであったとしても、相手から何かを得ることで成立する感情なのだ。

「……そうかもね」

 納得したように頷くテンに、表情を隠すようにシェリフルールはふわりと微笑む。

「そして、私のお仕事はテンくんが払ったお金に見合う《愛》を与えることよ」

 何かして欲しい? と訊ねるシェリフルールに、テンもいつも通りに笑う。

「そうだなー。一晩付き合ってって言ったら、どうする?」

 冗談っぽく発せられた提案に、シェリフルールはくすくすと楽しそうに笑って首を振った。

「それは追加料金よ」

「そっか。じゃあ、膝枕」

 テンの要求に応えて、ソファーに座り直したシェリフルール。その膝の上に頭を乗せれば、優しく前髪を撫でられる。

 ──無償の愛なんてない。
 それが事実だというのなら、自分は彼らに見返りになるような《何か》を与えられていたのだろうか。
 ふと思ったところで、考えることを止める。推測は、あくまで希望。事実かどうかを確認する術もない。

「なんか面倒くさいことを考えそうだから、寝る」

 適当に起こして、というテンの頼みに、シェリフルールは静かに頷く。それを確認して、テンは静かに目を閉じた。





fin.
2012/07/22 公開
2021/05/14 修正

Crack Clock
七つの水槽