素直じゃない心配の話
「やったぁ!いっぽーん!うにの勝ちー!」
陽も傾きかけた夕方の公園。
芝生の上を跳び跳ねて喜ぶ春丹の足元で、随分と高くなった空を見上げながら、棗は小さくため息を吐いた。
「なに春丹に負けてんだよ」
「……俺は弱いよって、最初に言ったじゃん」
呆れたような声と共に差し伸べられたセネシオの手に掴まって、立ち上がる。結んでいた髪をほどいて服を軽く叩けば、数枚の枯れ葉がはらりと落ちた。
汚れるからと羽織らされた男性用のスポーツウェアの裾から覗くのは、ふわふわのフリルが付いたワンピースの裾で、こんなことをしに来たわけじゃないんだけどな〜という素直な思いが胸をよぎる。
『暇なら来い』というセネシオからの簡潔且つ不親切な連絡を受け取ったのが一時間ほど前。指定された公園へ来てみれば、棗もリンカーとして顔を合わせたことのある十代の面々が集まっていた。
そして、突如として始まった謎の一本勝負。背中が地面に着いたら負け、というわかりやすいルールのもと、公平を期すために能力の使用は無し。
自分の身体ひとつで挑む勝負に、当然の如く棗は負けた。そもそも、故郷でも逃げの一手で生き延びてきたのだから、勝てるはずがない。勝てるはずがないのだけれど。
「自分より小さい女の子に転がされるなんて、俺の男としてのなけなしのプライドがずたぼろ」
「お前に男のプライドがあったことに驚きだわ」
「セネシオは俺を何だと思ってるの」
抱えた不満を表現するように口を尖らせてみれば、「可愛い可愛い」と雑に頭を撫でられて背中を押される。選手交代だ。
入れ違うように春丹の前に立ち、「絶対に勝つ!」と意気込む少年の真剣な姿が眩しい。自分だったら気持ちで負ける自信しかない。
勝負とはいえ、雰囲気としては遊びの延長のようなものだ。集められた面々も、最初こそ困惑していたが、すっかり和気藹々とした空気で場に順応している。
棗も次の勝負を見守ろうと、人が集まっている場所へと向かおうとして──少し離れた場所に一人で立っている人影へと方向を変えた。
「セローム」
「……何か用かよ」
声を掛ければ、喧嘩腰とも受け取れるようなぶっきらぼうな答えが返ってくる。相変わらずだなぁと思いながらも隣に立てば、視線こそ合わせようとしないものの離れる素振りは見せない。
「葉っぱ、付いてる」
自分より少し背の高いセロームに、自分の側頭部を指で叩いて示せば、ちらりとこちらを見て髪を払う。
先ほど自分が服を叩いたときに落ちたものと同じ枯れ葉だ。セロームも春丹に投げられていたから、そのときに付いたのだろう。尤も、純粋な力量不足で負けた棗と違い、彼は女の子を掴むことを躊躇っているうちに倒された感じが否めないが。
「怪我してないか気になるなら、直接聞いてみればいいのに」
「…………別に、気にしてない」
先ほどからセロームは落ち着きなく地面を踏みしめている。特定の方向へと視線を向けては、苛立ったように眉間にしわを寄せる様を見せながら、気にしていないというのは無理があるだろう。
セロームの視線の先に居るのは、彼のマスターであるさなき。彼女も春丹に投げられていた。
さなきはリンカーになって間もない。棗が聞いた限りでは、戦いとは無縁に生きてきた普通の女の子だ。格闘技の経験もないだろうに、背中から投げられて大丈夫だろうかと、棗でさえ思った。能天気な性格だと自負している自分が心配するのだから、セロームが心配しないわけがない。
口では否定しながらも気になって仕方ないといった様子のセロームに、ふーん、とひとまず頷いて、息を吸った。
「さなきちゃーん!」
その場から手を振って名前を呼べば、隣のセロームから制止するような声が上がったが、聞こえないふりを貫く。
突然の呼び掛けに驚いたように振り返ったさなきに、怪我してない? と訊ねれば、大丈夫という答えが返ってきて。
「……だって。よかったね」
そう隣に笑いかければ、抗議するように睨まれる。
「俺には、関係ない」
ふい、と背けられた顔はわかりやすく不満げだ。
それでも、眉間のしわが緩んだのを見て、素直じゃないなぁと、心の中で肩をすくめた。
fin. 2021/12/02
thanks!!
⇒ 剰水 さなき,少年=祝 勝利(翡奈月あみ さま)
