死に損ないと理解できない彼の話
──失敗した。
オーダーメイドのハーバリウムを注文するために来店した花屋《アンジェリーク》の店内。カウンターを挟んで男性店員──宍戸と名札に書いてある──と向かい合いながら、七竈は後悔していた。
原因は、店内をふらつくフェンネルの存在。
さほど広くはない店内の、入口から七竈の立つカウンターの前までの限られた空間を、彼は不規則にふらふらと行き来していた。時おり立ち止まってはどこか一点を眺めているが、意識的な行動なのかすら怪しい。
そんなフェンネルの不安定な気配を背後に感じているせいか、宍戸とハーバリウムについて相談しながらも、肝心のイメージを膨らませるだけの集中をしきれずにいた。
目を離した隙に失踪されるよりはいいだろうと、周りの賛同も得て散歩がてら連れ出したのだが、フェンネルを連れた状態で用事を済ませようと考えたのは明らかに失敗だった。
「……ちょっと、ごめんなさい」
宍戸に何度目かの断りを入れ、諦めてルクリアへと助けを請うメッセージを送る。幸いにも暇をしていたようで、すぐに合流してくれる旨の返事が返ってきた。
一安心したところで、数分前から微動だにしなくなったフェンネルの様子を確認しに、カウンターを離れる。
「フェンくん、大丈夫? 具合悪かったりしない?」
声を掛けてみるが、フェンネルは微動だにしない。
「フェンくん、聞いてる?」
再度、声を掛けながら腕を掴んで覗き込めば、宙を彷徨っていた視線がゆっくりと焦点を結ぶ。七竃へと向けられた表情は寝起きのようなぼんやりとしたもので、目を開けたまま寝ていたのだと言われれば、疑うことなく信じてしまいそうだ。
「いい香りがするからって、立って寝たら危なくない?」
冗談混じりにそう言って、倒れないでね、と念のために付け加える。七竃はそれなりに慣れているが、宍戸をびっくりさせてしまうだろう。いや、既に気を遣わせている気はするのだが。
明らかにこちらの様子を気に掛けてくれている宍戸に、大丈夫だと手を振ってみせるが、どう見ても大丈夫には見えていないだろう。七竃自身がよくわかっている。
「……ここ、何処だっけー?」
緩慢な動作で周りを見回していたフェンネルが、不思議そうに首を傾げる。
少し前に交わしたやりとりと、一言一句同じ問い掛けに、七竃もフェンネルと同じ方向に首を傾げる。
「もー、フェンくん。その質問、三回目だよ? 花屋さんだってば」
「花屋さんねー、そっかそっか」
納得したように頷くフェンネルの反応も、先ほどと一言一句変わらない。その旨も一応言葉にしてみるが、伝わってはいないだろう。体調は悪くなさそうだが、七竃では彼と意思疎通を図ること自体が難しい。
やれやれと肩をすくめて、待たせていた宍戸へと向き直る。集中は出来ないが、宍戸の時間を割かせているのだから、少しでも案を詰めるべきだろう。前回、花束を綺麗に纏めてくれた彼のことだ。多少、注意力が散漫な選択をしても、きっと最後には綺麗にまとめてくれるに違いない。
そんな無責任な期待を背負わされているとは露ほども知らない宍戸は、七竈の背後に立つフェンネルを気にしながらも、ハーバリウムに使う色とりどりの素材を並べて丁寧に説明してくれる。
「うーん……れん、みかん好きって言ってた。みかん入れようかなぁ」
「そうすると、瓶の形は……」
様々な形の瓶が並んだ紙を指差して、顔を上げた宍戸の動きが止まる。自分の背後に向けられた宍戸の視線に、七竈が反射的に振り向けば、フェンネルの視線が真っ直ぐに七竈の背後を捉えていた。
「……っ、フェンくん!」
フェンネルが何を見ていたのか確認する間もなく、ゆっくりとしゃがみこむように崩れ落ちる肩を咄嗟に掴む。顔を覗き込めば、元から悪い顔色が、更に青白く見える。
「ちょ……具合悪いなら早く言って!?」
宍戸との相談を何度も中断して訊ねた努力は何だったのか。
──寝そう、という気の抜けた一言を残して、完全に意識を手放したフェンネルに、七竈は唖然とした。力の抜けた身体を慌てて支え、かろうじて転倒させる事態は免れる。
「あー、もう……嘘でしょー……」
フェンネルが外を歩くことに対しては空木もルクリアも賛成していた。自分の監督不行き届きというよりは、不測の事態だと思いたい。
「大丈夫っすか? 救急車……とか、呼びます?」
慌てた様子でカウンターの外へと出てきた宍戸に、七竈は首を振る。
「びっくりさせてごめんねー、お兄さん。救急車とかは呼ばなくて大丈夫。フェンくんってば、よく気絶するから」
珍しいことではないのだと軽く説明しつつ、宍戸の手を借りてフェンネルを背負う。
もうすぐルクリアが来るはずだが、炎天下と言っても過言ではない日差しの中、フェンネルを彼女に背負わせて帰すわけにはいかない。自分が背負って帰るしかないだろう。
「重ね重ね本当にごめんねー。相談は一回中断で……一時間後くらいにまた来てもいいですか?」
「それは全然……構わないっすけど」
扉を開けてくれる宍戸に礼を言って、外へ出る。通りを左右確認するが、まだルクリアの姿はなかった。
どうしたものか、と七竈は思案する。意識はないものの、フェンネルの呼吸は穏やかだ。気絶したように見えたが、寝ているだけという可能性さえある。
「えーっと、ルクリアさん……知り合いが来たら、一緒に帰りますね」
「え? あ、はい……そうっすか」
隣に立つ宍戸にそう告げるが、どこか上の空といった様子の返事があっただけで、店に戻ることはない。フェンネルに視線を向けては、考えるように眉間にしわを寄せている。
どうかしたのか──と訊ねようとして、すぐにやめた。人が目の前で倒れたのだがら、どうしたもこうしたもない。あまりにもフェンネルが頻繁に倒れるせいで慣れてしまったが、普通ならば動揺してもおかしくはない状況だ。倒れたのが彼以外であれば、自分だって慌てるだろう。
よっ、と軽く勢いをつけて、フェンネルを背負い直す。
自分と身長はほとんど変わらないのに、その身体はひどく軽く感じる。まるで、脱け殻のようだ。
「死に損なっちゃった、か……」
フェンネルが事ある毎に口にする言葉。彼の喪失感は、何も失ったことのない自分にはわからない。だから、きっと《七竈》を失ったれんの気持ちも、わかってあげられないのだろう。
吐き出しそうになるため息をぐっと堪えて顔を上げれば、駆け寄ってくるルクリアの姿がようやく目に入った。
fin. 2021/05/27
thanks!!
⇒ 宍戸 守詩(翡奈月あみ さま)
