ちょっとした憂鬱の話
居酒屋《夜半》のカウンター席の端で、生駒は烏龍茶を片手に頬杖をついていた。
リンカーたちの親睦会を開きたいというセンティフォリアの頼みに、店を貸して欲しいと、店主である君島に相談を持ちかけたのが開店前。二つ返事で許可を貰い、日程の調整という名目の雑談を交わしながら営業時間に突入した。
日程の希望を聞いてくれるという君島の申し出にセンティフォリアへとメールを送ったが、返事は彼女のマスターである和泉の予定を確認してからになるだろう。一応、スマートフォンを確認してみるも、返信を知らせるアイコンは点いていない。さほど酒も嗜まず夕飯も済ませてしまった身としては、居酒屋での待ち時間は手持ちぶさたで、仕事道具を持って来なかったことを後悔した。
不自然でない程度に店内を見回せば、水曜の夜ということもあって店内には数人の常連客しかおらず、店員である由岐も客の話にのんびり付き合うだけの余裕がある。君島も手が空いたのか、カウンターを離れて備品の整理に勤しんでいた。レジの横に備え付けてあるラックから、雑誌を取り出しては選別していく。
「暁ちゃん、ちょっとこれ縛ってくれる?」
「は? 一応、俺は客なんすけど」
「烏龍茶しか飲まないくせに、よく言うわよ」
お願いね、と拒否する間もなく、カウンターに積み上げられた十数冊の雑誌。それは酒の肴になりそうなゴシップ週刊誌のみならず、ファッション誌からテレビのチャンネル雑誌まで様々なジャンルが揃っている。そもそも、なぜ居酒屋に雑誌が置いてあるのだろうか。喫茶店でもあるまいし。
そんな感想を抱きながら、一緒に置かれたビニール紐を手に取る。何気なく視線を落とした表紙に、見知った顔が写っていることに気が付いて、思わず口から名前が出た。
「……和泉じゃん」
つい今しがた予定を気にしていた相手が写るその雑誌は、普段から彼が活躍しているファッション誌ではなく、女性向けの情報誌。珍しさから手に取れば、カウンターの内側へ戻っていた君島が笑顔を見せる。
「そ、和泉遼成くん。格好いいわよね」
「まぁ……そうっすね」
君島の言葉に、素直に頷く。スカウトされてモデルになったくらいだ、女性受けはいいだろう。高校時代にも、何度か女子生徒に囲まれているのを目撃したことがある。
尤も、不良崩れの自分と一緒にいるときに近付いてくるような物好きはいなかったから、どんな言葉を掛けられていたのかまでは知らないが。
「でも、意外。暁ちゃんもモデルさんの名前なんて、知ってたりするのね。まるで興味ないと思ってたのに」
「いや……知ってるも何も、」
同級生だし、と続けようとして、はたと気が付く。君島を見れば「和泉くんと言えば、この前ちょっと特集が組まれててね」などと言いながら、雑誌の山を漁り始めていた。
楽しそうな君島を横目に、やはり同様にきょとんとした表情で君島を見ていた由岐を手招きして、暁は声を潜める。
「もしかして……和泉のこと、君島さんに言ってねぇの?」
「は? そっくりそのままこっちの台詞なんだけど。暁くんの友達を、わたしが店長に紹介するわけないじゃん」
「……だよな、正論」
つまり、君島は知らないのだ。現在、自身が格好いいと褒めているモデルが、目の前にいる後輩の友人であるという事実を。
「暁くんが責任持って説明してよね」
「……そうなるよなー」
常連客に名前を呼ばれて去っていく由岐を見送って、烏龍茶を煽る。
そんな生駒の様子に、和泉に興味を示したと受け止めたのか、君島は雑誌を示して何やら饒舌に語り始める。今さら話の腰を折ることも出来ずに、曖昧な相槌を打つことしかできない。
「それでね、和泉くんも地元がこのあたりらしいのよ!」
「そう……っすねぇ……」
「いつか街ですれ違うかもって考えたら、私わくわくしちゃって!まぁ、そんな可能性ないに等しいんだけど。考えるだけなら自由だものね」
「そうっすねぇ……」
完全に対応を失敗した自覚はある。君島がよりにもよって、和泉に対して興味があるとは思わなかった。しかも、面倒くさいレベルで。
親睦会に実物が来ることを知ったら、更に面倒くさいことになるのではないだろうか。かと言って、黙っていたとしても、後から面倒くさいことになるのは明白だ。どうして言ってくれなかったのかと、詰め寄られる未来しか見えない。
本当に、面倒くさいことになった。
逃げるように逸らした視線の先にあるスマートフォンが、センティフォリアからの着信を告げた。
fin. 2019/01/22
