ミルクココアと昼下がりの憂鬱
午前中の配達から帰った巽は、少し遅めの昼食を摂っていた。
場所はもちろん、喫茶店『一月』。昼食の時間帯から外れた店内に客の姿は少なく、店長である一樹も忙しくはない。午後の配達に出るまでの昼休みを、それなりに楽しめるはずだった。
──それなのに。
「……てんちょー。コーヒーおかわり」
「自分でやれば?」
いつも通りに突き放してくる一樹は此方を見ようともしない。不貞腐れたように口を尖らせて、巽は全ての元凶──カウンター席に座って軽食を摂る西村 円を睨み付けた。
一樹との貴重な時間が減ったのは、間違いなくこの男のせいだ。
円が店に来ると、一樹は時間の許す限り彼の相手をしている。しかも、楽しそうに。そんな一樹の言動から、彼女が円に恋情を寄せているのではという盛大な勘違いをしている巽は、嫉妬に燃えていた。
尤も、一樹は純粋に、円を尊敬しているだけなのだが。
「円さんは午後も仕事ですか?」
警察の制服を着たままの円に、グラスを拭きながら一樹は訊ねる。
「あぁ、そうだな」
「そうですか。頑張って下さいね」
コーヒーを飲みながら頷く円に、笑顔で話しかける一樹。そんな彼女に、巽は理不尽さを募らせる。
午後も仕事であることは、自分だって同じなのに。
「てんちょー酷い!俺には『頑張って』とか言ってくれないのに!」
机をぺちぺち叩いて訴えれば、呆れたような顔をされた。一樹の視線は冷たいが、此方を向いてくれたことに少し満足する。
「……そーちょー」
「何、てんちょー」
「さっさと配達に行けば?」
「酷い、てんちょー!」
ぺちぺちをべしべしに変えて更に不服を訴えれば、円の呟きが耳に届いた。
「……巽は相変わらずだな」
言外に『成長していない』と言われている気がして、円を睨み付ける巽。そんな巽にも慣れた様子で、円は平然と視線を流してカップを置いた。
「一樹も言ってやりゃあいい。別に減るもんでもないだろ」
ごちそーさん、と紙幣を置いて立ち上がる円に、一樹は作業の手を止める。
「今、お釣り出しますから」
「ん? ……あぁ、大した額じゃない」
「ダメですよ」
一樹の制止する声を余所に、扉につけられたベルが鳴る。
「円さん!」
釣銭を受け取る気は更々ないらしく、片手を振って出て行ってしまった円。そんな彼を追いかけて、一樹も店から出て行ってしまった。
「………」
静かな店内に、一人残された巽。
気を紛らわせるついでに、例えようのない空しさを愚痴として吐き出すべく、携帯を取り出す。しかし、一番初めに思い浮かべた八つ当たり相手が携帯を持っていないことに気付き、出鼻を挫かれる形になる。
愚痴る気も失せ、携帯を机に放って突っ伏した。
そのままの体勢で待つこと数分。再び扉のベルが音をたてる。
「総長」
自分を呼ぶ一樹の声に、ぱっと顔を上げれば、間髪入れずに何かを投げて寄越された。
「……ココア?」
片手で受け止めたそれは、缶に入ったミルクココア。
一樹が自分に甘いものを与えるという珍しさから、彼女と缶を見比べる。
「円さんから」
カウンターに戻りながら缶の紅茶に口をつける一樹が告げた一言に、巽は眉間にしわを寄せた。
「……巡査から?」
改めて、手中の缶を見下ろす。
金を払ったのは円だとして、彼は自分の好みなんて知らないはずだから、選んでくれたのは一樹なのだろう。
しかし、気に入らない。
気に入らないが。
「いらないの?」
「……いりますとも」
──ミルクココアに罪はない。
そう一人で納得して、巽は缶のプルタブに手をかけた。
〈了〉
2012/07/05
thanks!!
⇒ 斎 巽,忍生 一樹(閏宮 さま)