マイペースな通勤時間
陽も高く昇り、時刻は既にお昼前。
いつものように奇術用品を詰めたトランクを引っ提げて、朱右介は職場である遠野探偵事務所へと向かっていた。いつも通りに家を出たはずが、ふらりと公園に立ち寄ってしまったのが運の尽き。子供相手に得意の奇術を披露していたら、すっかり遅くなってしまった。
それでも急ぐという概念はないらしく、マイペースに歩を進める。
事務所へと続く角を曲がり少し歩いたところで、背後に聞き慣れたヒールの音を聞いた。続いて背中に軽い衝撃。覚えのある感覚に、朱右介はゆっくりと振り返る。
「あれぇ? ひなちゃん?」
案の定、目に入ったのは仕事仲間である日生。朱右介の着物の裾を引っ張り、早々に塀と彼の間という安全地帯へと入り込むあたりに周囲に対する警戒心──というか、彼女の他人嫌いが窺える。
心なしか不機嫌そうに自分の着物を引っ張る日生に、朱右介は首を傾げた。
「ひなちゃん、どうかしたぁ?」
問いかければ、露骨に眉間にしわを寄せる日生。
「……コーヒーが」
「あぁ、買い物か〜」
答えは一言しか返ってこなかったが、以前も似たようなことがあったため、朱右介は特に悩むこともなく察する。
他人が嫌いな日生は当然、他人と接しなければならない事柄が全般的に嫌いだ。そこに含まれる買い物を押し付けられて、嫌々ながら外に出てきたのだろう。
「……自分は嫌だって言ってるのに、騰也さんってば横暴だよ」
そう口を尖らせる日生に、朱右介はただ笑う。
いくら人間嫌いでも買い物くらい出来ないと困るだろうという騰也なりの配慮だったりするのだが、本人からしてみればありがた迷惑というところか。
「とりあえず、コーヒー買いに行くんだよね? 一緒に行こうかぁ」
そんな朱右介の提案に、一人で行かなくていいとわかった途端、日生はいつも通りの笑顔を見せる。
「本当に? さすが朱右くん!」
すっかり機嫌の直った同僚に、現金だなぁと苦笑する朱右介。まぁ、一人で行かせたところで、『袋は御入り用ですか?』という問いに無反応を貫き通して店員を困らせるのは目に見えている。
「そうと決まれば、さっさと行ってさっさと帰ろう!」
袖を引っ張られて、たった今歩いて来たばかりの道へと向き直る。
テンションもいつも通りに戻った日生に半ば引きずられながら、ふと朱右介は思った。そういえば、事務所に遅刻の連絡を入れていない気がする。
「……まぁ、いっかぁー」
大して悩むことなく結論付けて、トランクを持ち直す。どうせ、1時間ほど余計に遅れたところで大差のない時間帯だ。
すぐに思考を切り換えて、急かす日生の背を追う。
ついでにすあまも買おうか──と、そんな呑気な考えが頭をよぎった。
〈了〉
2012/07/15
thanks!! & name thanks!!
⇒ 穂村 朱右介(ショウ さま)
⇒ 荻野 騰也(深薙李 さま)
