今や遅しと



喧騒と日常


「おい、水無月」

「なんですか、騰也さん」

 とある日の午後、所長不在の遠野探偵事務所にて。
 斜め前のデスクから声を掛けられた日生は、手元から顔を上げて首を傾げた。声を掛けた張本人である騰也は、眉間にしわを寄せたまま続ける。

「一応、聞いておくけど……何してるんだ?」

「アルバムを見ているんですよ」

「誰の」

「所長のですが、何か?」

 言いながら、日生が得意気に掲げてみせた一冊のアルバム。そこに貼られているのは明らかにカメラ目線ではない所長──陸の写真の数々。即ち、彼女の盗撮技術を最大限に活かした、隠し撮りコレクション。

「没収!」

 そんな言葉と共に、案の定、アルバムを取り上げる騰也。特に抵抗することなく手を離した日生だが、不服そうに口を尖らせる。

「……ふーんだ、別にいいですよー。データが残っているので」

 キーホルダーがつけられたUSBを指先で揺らしながら、全く懲りた様子を見せない日生に、騰也はため息を吐いた。苛立たしげに、没収したアルバムを指で叩く。

「あのなぁ、盗撮は犯罪なの!」

「自分が写真を撮っている事実を被写体である所長が知っている時点で盗撮じゃありませんー」

「屁理屈を捏ねるな!」

 咎めるように睨まれて、口をつぐんだ日生。すぐに正面に向き直り、目の前に座る人物に訴える。

「勾くん!騰也さんが自分と所長の仲を僻む……!」

「嫉妬か、騰也。見苦しいぞ」

「違ぇよ!」

 急に話を振られたにも関わらず、条件反射のように淀むことなく騰也を責める言葉を口にする勾。更にはその小馬鹿にしたような態度が鼻につくのか、騰也の機嫌は目に見えて下り坂だ。

「お前こそ、陸さんが水無月と一緒にいるとガン見してるだろうが!」

「そんなに見てない!」

 騰也が言い返せば勾が反論しないわけはなく、そのままいつもの調子で口喧嘩になだれ込んでいく二人。結果的に騰也の意識は日生から外れることになる。
 完全に蚊帳の外に置かれた日生。騰也の視線が自分から外れたことに、やれやれ、と安堵の混じった息を吐く。再び注意を向けられる前に、そろりと立ち上がり距離をとった。





〈続〉
2012/12/28

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⇒ 荻野 騰也,日暮 勾,遠野 陸(深薙李 さま)

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