今や遅しと



敬愛と日常


 朱右介の奇術とそれを真剣に観察する京太郎を眺めながら、日生はぽすんと背もたれに身体を預ける。耳に届くのは、開いた窓から聞こえる木々の揺れる音と、騰也と勾の言い争う声。

 実に平和で──暇な時間だった。

 そんなゆるやかな空気の中で、ふと、聞こえた足音。それに気付いた日生は、顔を綻ばせて立ち上がる。定時でもないのに出入口へと向かう日生の珍しい行動に、気付いた朱右介と京太郎が視線を向けた。
 軽い足取りで日生が扉の前にたどり着けば、丁度よく、足音も扉の前で立ち止まる。

「お帰りなさい!」

 日生の勘は外れずに、扉の向こうに立っていたのは所長である陸。扉が開くなりぶつかるように抱き付けば、陸は扉に手をかけたまま驚いたように動きを止めた。
 大好きな陸に接触して満足したのか、日生は腕を緩めて顔を上げる。

「所長、聞いてよ!騰也さんが」

「あ!こら、水無月!」

「言い訳か、騰也。素直に怒られろ」

「お帰りなさい、陸さん」

「お土産あります〜?」

 一気に賑やかさの増した事務所内。うるさいと言っても過言ではないが、表情豊かな職員たちの明るい声に、陸は僅かに微笑む。

「……ただいま」

 小さく呟かれた言葉は穏やかに、室内の喧騒に溶けていった。





〈了〉
2012/12/28

thanks!!


⇒ 荻野 騰也,日暮 勾,遠野 陸(深薙李 さま)
⇒ 穂村 朱右介(ショウ さま)
⇒ 神津 京太郎(あさぎ さま)

今や遅しと
七つの水槽