無題2
海外で暮らしている愛息子が帰国している。
普段は学生気分の庵里も、息子の手を引いている今ばかりは父親気分を満喫していた。頭の中で息子と過ごす休暇の予定を練りながら、小さな歩幅に合わせて歩く。
ふと、見慣れた着物姿が目に留まって、足を止めた。
「あれ、一臣くん?」
声をかければ、実に嫌そうに振り向かれる。
「……気安く呼ぶなと何度も、」
いつも通りの言葉を吐きながらこちらを向いた一臣。最後まで台詞を言い終えることなく、庵里の斜め下──息子を視線に留めて、固まった。
動かなくなった一臣を不審に思い、庵里は首を傾げる。
「会わせるの初めてだっけ? 息子の澄だよ」
聞いているのかいないのか、反応はない。ついでに、心なしか顔がひきつっている気がしないでもない。……が、異国人を思わせる息子の風貌のせいだろうと結論づける。
「一臣くん?」
再度、呼びかけてみるが、やはり応答なし。
自分の言動に説教じみた言葉を吐いてくるのが、いつもの一臣だ。小言のひとつも言ってこないなんて、明日は雨でも降るのだろうか。
「おーい、一臣くーん?」
数歩近付き、目の前で手をひらひらさせてやれば、一臣は我に返ったように肩を跳ねさせる。
「どうかした?」
ようやく庵里と視線を合わせた一臣。問いかければ、視線を泳がせ、言葉に詰まる。
「……っ、どうもしない!」
失礼する、と律儀に言い残して遠ざかっていく一臣を見送りながら、庵里は再度、首を傾げた。
普段から平静を装うことを忘れない一臣の落ち着きのなさからして、何かがあったことは明白だ。何があったかまでは推測のしようもないが。
「Dad……?」
不思議そうに自分を見上げる息子の頭を撫でる。
思い詰めている様子でもなかったし、時間が解決するような問題だろう。
そう一人頷いて、家路についた。
<了>