今や遅しと



無題3


「円さんってば!」

 待って下さい、と一樹が名前を呼べば、円は足を止めた。駆け寄って釣銭を差し出せば、肩をすくめる。

「律儀な奴。缶ジュースでも奢って貰ったと思えばいいのに」

「ジュースと現金じゃあ、重みが違いますよ」

 そう言いながら、ポケットに突っ込まれたままの円の手を引っ張り、硬貨を握らせる一樹。円も特に抵抗することなく受け取った。
 そして、そのまま硬貨を道端の自販機に投入。

「どれにするんだ」

「……はい?」

「早くしないと、無難な線でコーヒーにするぞ」

「え……いや、いいですよ!」

 唐突な円の行動に一瞬だけ呆けるが、慌てて首を横に振る。
 そんな一樹を余所に、円の指先から発せられたピッという電子音。ガコンという音が響いて、円が身を屈めた。

「ほらよ」

「……ありがとうございます」

 ここまできて断るのは逆に失礼かと、差し出された缶を素直に受け取る。
 コーヒーにすると宣言していたはずだが、差し出されたのは一樹がいつも口にしているストレートの紅茶。よく見ているなぁと渡された缶を眺めていれば、円は再び自販機に向き直っていた。

「巽は加糖のコーヒーか?」

「………いえ、ココアを」

 一瞬だけ考えて、そう答えた一樹。その言葉に、円は首をひねる。

「ココア、な。コーヒーに死ぬほど砂糖を投入してるイメージしかないけどな」

 差し出されたミルクココアの缶を受け取って、一樹は苦笑する。

「まぁ、色々と。というか、なんかすみません。結局奢って貰っちゃって……」

「こっちこそ、わざわざ追わせて悪かったな」

 片手を余った硬貨と共にポケットに突っ込んで、空いている手で恐縮する一樹の頭をぽんっと軽く叩く。

「気ぃつけて帰れよ」

 職業病なのか50mもない帰り道を心配されて、一樹は再度、苦笑する。

「いくらも離れてませんよ」

「そうだったな」

 じゃあな、と背を向ける円。その姿が角を曲がって見えなくなるまで見送って、一樹も店へと踵を返した。
 冷えた2つの缶が触れ合って鈍い音を立てる、そんな昼下がりの出来事。





<了>

thanks!! & name thanks!!


⇒ 忍生 一樹,斎 巽(閏宮 さま)

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七つの水槽