今や遅しと



無題5


 薄暗い寝室にそっと足を踏み入れれば、乳幼児特有の甘い香りが鼻をくすぐる。畳の上に敷かれた一組の小さな布団には、寄り添いながら寝息を立てる二人の我が子。
 風呂上がりの濡れた髪を掻き上げながら、その穏やかな光景に一臣は小さく微笑んだ。

 依散と依終。

 その名付けに、千羽家は良い顔をしなかった。当然だろう。千羽の象徴である『依』を冠しておきながら、次ぐ言葉が『散』り『終』るなどと。
 しかし、儚さを意味してつけたつもりはない。

 散った花は新たに種をつけ、終わりが来れば始まりが来る。

 大和旧家としての誇りと伝統を是とする自分の考えが、間違えているとは思わない。だが、狭いことも自認している。
 だからこそ二人には、先人たちが積み上げてきた形に捕らわれず、自分らしい道を歩んで欲しい──と。
 そう思う反面、大和旧家の流れを汲んでいることを忘れないで欲しいとも、願ってしまう自分がいる。

「……難しいな」

 依散と依終。
 この揺れる時代に生を受けた子供たちが、せめて不自由な思いだけはしないように。

 小さな頭をそっと撫で、一臣は静かに目を閉じた。





<了>

thanks!!


⇒ 千羽 依終(閏宮 さま)

今や遅しと
七つの水槽