あんみつの誘惑
「何か……飽きた」
「え、もう?」
早いよ、と苦笑する片割れ──依散の前で、依終は盛大に卓に突っ伏した。
開いた教科書のページが、窓から入る風にふわりと捲られる。紙の擦れる乾いた音を聞きながら、持っていた鉛筆を転がした。
ちらりと窓から外を見やれば、空は快晴。吹き抜ける風は穏やかで、良好すぎる天気が自分を外へと誘惑していた。今すぐ外へ出て行きたい衝動に駆られる。
「依終ー」
呼びかけと共に肩を揺すられ、依終は誘惑を振り切って窓から視線を外す。
視線を上げれば、少し困ったような笑顔で覗き込んでくる依散の姿。
「……依散は今日もかわいーね」
今日は日曜日。当然、依散の格好も休日仕様──つまり、女装だ。
自分と色違いの着物を身に付けて、いつもはひとつに結わえている黒髪を肩下で揺らす依散。脈絡のない依終の言葉に、一瞬、きょとんとしたような表情を見せる。
「そう? ありがと。依終も可愛いよ」
少しはにかんだように礼を言う依散は、とりあえず可愛い。
某親戚のお兄さんに感化されて、間違った方向へ進んでいる気がしないでもないが、良しとしておく。何故なら可愛いから。
依散と依終は二卵性であるはずだが、その顔立ちはよく似ていた。造形こそ依終の方が女の子らしいが、依散の落ち着いた言動が、彼に依終以上の女の子らしい雰囲気を与えている。
ちなみに、依散の所作が自分より女の子らしいことに関しては、今更すぎるので気にしない。
「依終、早く宿題終わらせよう?」
「うー……」
再度、依散に肩を揺すられ、身体を起こす依終。不服そうではあるが顔を上げた妹に、依散は微笑む。
「終わったら、あんみつ食べに行こう。ね?」
笑顔で囁かれた甘い誘惑に、ほんの少しぐらっときて。
「……あんみつ」
反芻するように呟いて、依終は教科書に手を伸ばした。
〈了〉
2012/06/10
thanks!!
⇒ 千羽 依終(閏宮 さま)