過去と忍びと今とヒーロー
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  • 八話



    あのあと、結局雄英に編入することにした。
    コスチュームの被服届けなどの諸々の書類をもらい、制服や教科書などは編入日までに家に届けられることになっている。


    あの校長、可愛いのは見た目だけだよ。


    前世の先生方のような迫力があり、対面しただけで疲れてため息をひとつつく。
    だが、そこであることに気がつき歩いていた足を止めた。


    私は今日、初めてここに来て、この学校の見取り図など全くわからない。今は帰るために門に向かっているわけだが、正直最初に案内されたときの記憶を頼りに歩いていただけでいつのまにかそれさえもわからない場所に来ている。

    さぁここで問題だ。
    今現在自分がどこにいるかわからず、目的地までの道のりさえわからない。
    こんな状況のことをなんというか。答えは簡単。

    迷子だ。


    やばい。どうしよう。見知らぬ場所に一人。嘘だろ。
    こんなことなら素直に校長に見送ってもらうんだった。


    とにかく迷子の鉄則その場を動かない。だ。

    けれどこのままいてもらちがあかない。
    誰かが通るまで待つか?いや、もういっそのこと窓から飛び降りちゃえば……。


    「………あ」

    なんてちょっと不穏なことを考えながら窓から外を見ていると、聞き覚えのある声がした。

    聞こえた方向を見てみると、そこにはまさしく"しまった"とでも言いたそうな顔のイレイザーヘッドがいた。


    「………お久しぶりです」
    「あー…そうだな」

    とりあえず挨拶をする。

    「この前は悪かったな」
    「いえ、試験だということを先程聞きましたし、本意ではなかったのでしょう?」
    「ああ……まあ」
    「ですがやはり苛立ったので一発殴らせてくれることで水に流しましょう」
    「……………本気か?」
    「ここで嘘をついて何か得が?」


    顔がひきつっているイレイザーヘッドを見れば、苛立っていた気持ちも収まった。


    「まあ、今日のところはある条件を飲んでいただけたら見逃してあげますよ」
    「なんだ」
    「出口はどこですか?」
    「…………迷ったのか」
    「無駄に広いのが悪いんですよ」


    ため息をひとつつくと、イレイザーヘッドは歩きだす。

    「こい。送ってってやる」
    「いえ、道さえ教えてもらえれば自分で行けます」
    「絶対にまた迷うぞ」
    「………」


    そんなことを言われたらなにも言えないわけで、私はしぶしぶイレイザーヘッドの横に並ぶ。


    「フッ……」
    「何笑っているんですか」
    「いや……意外にも素直に従ったからな」


    私よりも上にある顔を見上げると、捕縛武器で見えずらいが微かに口角が上がっていた。


    「私だって、誰彼構わず突っかかっているわけではありません。それに、ここであなたの意見を突っぱねても私に益はありませんし」
    「そうか……それよりも、編入するんだな」
    「はい。これからよろしくお願いします」
    「………お前はその意思がないと思っていた」
    「まぁ、祖父の独断だったんですが、私のためを思ってのことなので蔑ろにするのもちょっと躊躇いまして……ですがヒーローになる気はありません。そこのところは校長先生も理解済みです」
    「そうか……お前の実力ならいいヒーローになれるだろうと思うんだがな」
    「………私はヒーローになどなりませんよ」


    ふと、浅間の雰囲気は変わる。
    それと同時に立ち止まり、気がついた相澤は振り向いた。


    「そもそも私は、ヒーローそのもののあり方が理解などできません」


    浅間の目は、冷たく、夜の方がまだ明かりのではと思うほどに暗かった。


    「なぜ見ず知らずの赤の他人などのために命をかけなければいけないのですか?なぜ助けられることを当たり前だと思っている人たちのためにわざわざ身を危険にさらしてまで助けなければいけないのですか?
    ヒーローなんて傲慢だ。強欲だ。偽善的だ。
    全てを助けることなんて不可能だし、どんなに足掻いても人は簡単に死ぬ。
    私は赤の他人なんてどうでもいいんです。私はただ、私自身と手の届く範囲にいる私の大切な人たちさえ守れればそれでいい」


    それは、およそ十代の女子が出せる雰囲気ではない。
    まるでかずかずの修羅場をくぐってきたかのような重いそれに、相澤は無意識に息を飲んだ。


    「………すみません。現役のヒーローを前にして言うことではありませんね」


    しかしそれは、浅間自身が目をつぶりまた開くと、その重苦しい威圧感はなくなった。

    その時の浅間は、さっきまでの威圧的がなんだったんだというほど弱々しく、疲れきった顔をしているように相澤には見えた。


    「なにをどう思うのはそれぞれの自由だ。なにより、お前のそういう考え俺はいいと思うぞ」


    歩き出す直前、ポンッと相澤は浅間の頭に手を置く。
    それに一瞬微かにだが目を見開き、置かれた髪に触れる。


    「……イレイザーヘッドの本名ってなんというんですか?」
    「…あ?」
    「これから教師と生徒になるのに、いつまでもヒーロー名っておかしくないですか?あと単純に言いづらいです」
    「……相澤。相澤消太だ」
    「相澤先生………私は浅間由紀です」


    二人は立ち止まり、向かい合う。


    「これからよろしくお願いします」
    「よろしくね」


    うん。校長より相澤先生の方が好感が持てる。


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