十三話
事情聴取も無事に終わり、翌日が臨時休校になった。
USJ襲撃事件から二日後。私達のクラスは無事に集まっていたようで、さっきからザワザワと落ち着きがない。
「おはよう」
だけどまさかあんなに重傷だった相澤先生が復帰していたことは正直驚いた。まあ驚いたのは全員だけど。
見るからにフラフラしているし、包帯が巻かれすぎてもはやミイラ男状態。リカバリーガールの処置が大袈裟すぎると言ってるけど、妥当だろ。むしろ復帰することよく許したな。
***
《また由紀は怪我したの!?》
《擦り傷よ。こんなの舐めとけば治るし、先にあいつらの手当をしてあげて》
《あの二人はいつもの喧嘩だから後回し。それより駄目じゃないか!ちゃんと手当てしなきゃ!》
《任務や実習でこんなのいつもの事じゃない。伊作は大袈裟なのよ》
《それでも顔はダメだよ!由紀は女の子なんだから!》
***
ああ、でも懐かしいな。
"昔"は、私も伊作によく怒られてたな。
いやあれは私が悪いんだけど、私が女だからって体に傷がつくとほかのヤツらより怒るのは納得いってないからね。まあ伊作が怖かったから何も言わなかったけど。
伊作とは全然違うけど、リカバリーガールも伊作と同じような感じがするし、何より医療関係のやつは総じて怪我にうるさいからね。怒らせないようにしよう。
「__い、」
伊作のやつも普段あれだけ温厚なのに怪我のことに関しては鬼になるんだもの。
「おい、」
女っていってもあの頃は擦り傷程度いくらでもあったのに。なのに放っておくと鬼の形相になるんだよね。薬も包帯もタダじゃないのに。
「浅間由紀」
ここでようやく先生が私を呼んでいることに気が付き思考を現実に戻した。
全く反応しなかった私に相澤先生は青筋浮かべてるような気がするし(包帯で見えない)、全員の視線が突き刺さっていた。
「聞いてんのか浅間」
「………聞いてなかったです」
「お前には個別で体育祭について話すことがあるから、放課後職員室来いつったんだよ」
「すみません」
いつの間に体育祭の話になったんだ。
というか個別って何。面倒臭い。
心の中でため息を吐きながら絡んでくるクラスメイトをあしらった。
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職員室に行って相澤先生のところに行ったはずなのに気がついたら校長室にいて校長と二人きりになっている。何故だ。
「何か飲むかい?」
「いえ、お構いなく」
「紅茶でいいね!」
「(聞いちゃいねぇ)」
私と校長しかいない室内では紅茶を入れる音しかしない。
目の前に紅茶が出され、ソファに座り直した校長はいつものように何を考えているのかわからないような表情で口を開いた。
「もう学校には慣れたかい?」
「はい」
「記念すべき最初のヒーロー基礎学では災難だったね!」
「はい。ですが私が飛ばされたところはチンピラ程度でしたし、先生方が助けてくださりましたからなんの問題もありません」
「うんうん。でも君は1人だったんだろ?心細くはなかったのかい?」
「それも同様です。相澤先生が危険人物を引き受けてくださったので、こちらには大した人物はいませんでした。
むしろ相澤先生は大丈夫なのでしょうか?あの怪我で既に復帰なさるのは少々無理があるのでは?」
「大丈夫さ!駄目な場合はリカバリーガールが絶対に許可しないからね!」
世間話程度で一向に本題に入らない校長。
編入の時にも思ったけど本当に性格悪いな、この人。動物だから表情が一切変わらなくてやりにくいったらありゃしない。
「それで、校長先生。私は相澤先生に呼ばれたはずなのですがいったいなんのご用事なのでしょうか?」
しょうもない腹のさぐり合いをしても埒が明かないと判断した由紀は、まっすぐに校長の目を見据えて問いかけた。
「そんなに警戒しなくても、別に取って食うつもりなんてないよ!」
「貴方相手にはこのぐらいの警戒を通常装備した方がいいと思いまして」
茶化して話を一向に進めようとしない校長に、由紀はまるでさっさと話せと言うように視線を鋭くした。
「そんなに慌てなくても!今回君を呼んだのはまさに体育祭のことなのさ!」
「聞いています。それについて個別で話すことがあると聞きました」
「実はね!君には別にしてもらうことになったのさ!」
「別、というと?」
「いやぁ、正直に言っちゃうとさ。君、個性使わないだろ?」
校長の脈絡もない言葉に、由紀は僅かに眉を顰める。
「君はあの襲撃を1人で防ぎきったね」
「ですからそれはチンピラ程度でしたし、それをいったら他の人だって防ぎきりました」
「でもそれはみんな個性を使ってのことだよ。でも当たり前さ。だってつい最近までなんでもないただの中学生だったんだもの。個性を使ったといっても防ぎきっただけでも凄いことだ。なのに君はその個性さえも使わなかった」
一貫して表情の変わらない校長と、あくまでも無表情を貫く由紀は、互いが互いの腹の中を探ろうとするかのようにじっ、とその目をそらさない。
先に折れたのは由紀だった。
「つまり」
一つ。長くため息を吐く。
「先生方は私を脅威だと感じているのでしょうか」
「いやいやいや。そんな訳ないじゃないか。言っただろ?今日呼んだのは体育祭のことだって!」
「ではいったい何をおっしゃりたいのですか」
「君には今回体育祭の参加を諦めてもらいたい」
校長の言葉を聞くと、由紀は小さく息を吐く。
それは決して好意的なものではなく。呆れや失望が少し、本当に少しだけ含まれていた。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに戻った由紀に、校長は僅かに違和感を感じたが結局気づくことは無かった。
「構いません。元より私はヒーローになるつもりはありませんので、他の人達のチャンスを潰すことになりかねませんからね」
言外に他の生徒よりも自分が優っていると言っている由紀。
「勘違いしてほしくないのは、私達は決して君のことを疎んでいるわけでもましてや警戒しているわけでもないんだよ」
「ただ、君は強すぎる。君自身は確かに一般人なんだろう。けれど君は未だにどっちつかずだ」
校長はあくまでも由紀から目をそらさず、教育者として話している。
「ヒーローにも。ヴィランにもなりうる存在なんだ。君にその意志がなくとも、目をつけられればどうなるかわからない」
目の前に居る子供を、悪の道に堕ちることがないように。正しく導きるように語りかける。
「先日のような衝撃こそないと思うけど、今回体育祭に出ることで君がヴィランたちに標的にされるかもしれない。そうならないための措置なんだ」
真摯な態度。由紀の身を案じているだろうことが伺える。
けれどもそんな言葉。決して彼女に届くことなんてないのだろうけれど。
なぜなら彼女にとって彼らは何処までいっても"他人"だから。
"先生"でも、導いてくれる人でも、尊敬すべき人でも、ましてや"友達"でもない。
彼女にとって彼らはいてもいなくても関係ない存在。彼らの言動で彼女に影響を及ぼすことなど有り得ないのだ。
だから、彼らの言葉に彼女は重みを感じない。
彼らの想いは、彼女を通り抜けていく。
どれだけ彼女のことを考え、想ったとしても。
"彼ら"でもないただの他人などの言葉が、彼女に響くはずがないのだ。