十四話
由紀が校長室で話している間の職員室では、一部の教師が若干そわそわしていた。
「な、なぁ。やっぱ浅間girlを不参加にするの不味かったんじゃねぇか?」
「うじうじと五月蝿いわね。もう決まったことでしょ」
「で、でも浅間さん怒りだしませんかね?」
「ソノ為ニ校長が話スノダロウ」
今、校長室で浅間に体育祭不参加の決定を伝えているところだ。
一学年担当の教師たちは、そのことで彼女が暴れ出さないか。そうでなくともあの試験の映像を観た者達は皆浅間がどう出るかビクビクしていたのだ。
「心配しなくてもあいつはなんにもしねぇよ」
「なんでそんな言いきれんだよイレイザー。試験の時はお前にマジギレしてただろーが」
その時、話には加わらずひとりで黙々と仕事をしていた相澤が口を開く。その言葉にマイクがくってかかるが、相澤は包帯で話にくそうにもごもごとさせながらなんでもないふうに言う。
「あいつは、ヒーローになりたいとは思っていない。だから体育祭に参加しようがせまいがどうでもいいんだよ。そんなことでいちいちキレるような人間には見えなかった」
その言葉に、周りは空いた口が塞がらない。
あのイレイザーヘッドが。あの相澤消太が。まだ関わって数日の子供をここまで知ったことのように話したのだ。
「………なんだ」
顔を驚愕に染めて自分を凝視する周りに、不機嫌を隠さない。
すると、妙な空気になったその場に一つの小さな足音が聞こえる。扉を見ると、校長がいた。
「終わったのですか?」
「ああ!何もなく承諾してくれたよ!」
その言葉を聞いて一気に脱力する教師陣。それを横目に見ながら呆れたようにため息をついた。
「だから言っただろうが」
____________________
校長と別れた後、由紀は帰路についていた。
その足はヒーローになるための三年間で三回しかない最大のチャンスが一つ失った直後とは思えないほど普段通りだ。
(今日の夕飯はどうしよう)
通常装備の無表情。その顔が誤解を招いているのだが、周りが思っているように怒っている訳ではなく、一人暮らしの由紀は今晩の夕食をどうするかと悩んでいた。冷蔵庫の中身を思い出していると、すでにほとんどないことを思い出す。
ひとまず食料を買いながらおいおい献立を考えようと、家に向かっていた足をスーパーの方向に変える。
いつも通りだと思っていた日常が、変わった瞬間だった。
お目当てのスーパーが見えてくると、由紀は辺りが騒がしいことに気がつく。
辺りを見渡してみると、街から少し離れた所に一筋の煙。
火事だろうと事件だろうと、ヒーローが行くだろう。いつもの由紀ならそう判断してすぐに思考から追い出す。
けれど、今日は言い知れない胸騒ぎが起こった。
良いものなのか悪いものなのかは判断がつかない。それでも、今あちらに向かわなければ後悔すると。その思いが由紀を駆り立てる。
(求め続けていたものは、あと少し___)