二十八話
職場体験中は、轟の家に住むことになっていたらしい。終わったあとにエンデヴァーと轟についていくと、懐かしいようなここ最近見かけなくなった日本家屋があった。
慣れたようにあがるエンデヴァーと轟の後に入ると、エンデヴァーに似ていない。けれど髪色が轟の半分側と似ている女性がいた。
「この子が例の子?」
「そうだ」
「初めまして。浅間由紀です。よろしくお願いします」
「初めまして!焦凍の姉で冬美です!」
そのまま歩いていってしまった二人。私は冬美さんに連れられて客間へ。
「ここを使ってね!」
「はい」
食事は四人で食べ、風呂に入って客間に戻ろうとした時のことだ。
壁に寄りかかっている轟がいた。何をしているのかと訝しんだが、すぐにどうでもいいかとその横を通り過ぎる。
「待て」
しかし案の定引き止められ、渋々振り返った。
「お前、……本当に親父と何も無いのか」
「無い」
「じゃあなんであんなに気に入られているんだ」
「私が知るか」
殺気にも似たものを出しながらこちらを睨む轟に、内心ため息を吐きながらまっすぐにその目を見据える。
「お前のその目を、私はよく知っているよ」
「………?」
「何かに復讐しようと、ただそれのみしか入っていないやつの目だ」
「!なにを、」
「それ以外何も見ず、見ようとせず。ただ己の欲求を満たすだけの哀れな奴」
「お前にっ!そんなことを言われる筋合いはない!」
感情のままに叫び、一歩こちらに近づく轟。激情にかられたようなその姿を見ても、まだ私の心が動くことはない。
「何も知らないくせに勝手なことを言うな!」
左右違う目だけれど、中身は同じ。どろどろとした恨みつらみだけで何も見えちゃいない。少しはマシになっただろうけど、昔の私と同じ。
「知らないよ。知る必要もないし知りたいとも思わない。お前の身勝手な欲求を私にぶつけるな。迷惑だ」
「俺の、欲求だと……!」
「それ以外になんだというんだ。復讐も。その意志も。誰かに強制されたことじゃないお前の意思だろう」
「っ!」
「最初に見た時に比べたらマシになってるが、それでもお前の中にはまだ復讐心はあるよ」
「お、れは……あいつのことはもう飲み込んだ、お母さんとも話した」
「それだけで無くせるほど簡単な話じゃないだろ。憎んだ心も。その過程も。無かったことにはできない。だから今お前は私に絡んだんじゃないか」
最初の威勢がなんだったんだというほどに、だんだんと弱々しくなっていく轟。何かを言おうと口を開くが、空気が漏れるだけで言葉にはならない。
「私はお前がどうなろうと知ったことじゃない。ただ巻き込むな。関わるな。それだけだ」
俯く轟は何も発さない。もういいかと踵を返して歩き出した。
早く庄左ヱ門に電話をしなければ。一日もあの子の声を聞いていない。早くしなければ庄左ヱ門の寝る時間になってしまう。
「………待ってくれ」
最初の時とは違う。弱々しい声でまた呼び止められると同時に、腕が掴まれた。眉間にしわがよりながら、振り返ると轟はまだ俯いていた。
「なに」
「………」
「用がないならもう行きたいんだけど」
「…………俺は、個性婚で生まれたんだ」
何やら面倒そうなことを話し始めた轟に、振り払って去ってやろうかとも思ったが、あいつが顔を上げていたのが悪かった。
轟はまるで捨てられた犬のような弱々しい表情で、縋るものを求める幼子のような顔をしていた。それが、似ても似つかないはずなのに、どうしてか可愛い可愛い幼い後輩たちの顔と一瞬だけ被ってしまった。
大きくため息をついて向き直る。
轟は真っ直ぐに私を見たが、腕は掴んだままだ。掴んだ、というか逸れないように握っていると言った方があっているようなものだった。
***
なんでこんなことになったんだろう。
本当ならばとっくに庄左ヱ門に電話をして寝ていたはずだ。なのになぜ轟なんかと並んで縁側に座っているのか。
答えは簡単。あの時振り払うべきだったものを振り払えなかったからだ。簡単に言えば自業自得。
漏れ出そうになったため息をなんとか押し殺し、隣に座っている轟に視線を向ける。
「………俺の父は、ずっと2位だった。前にはずっとオールマイトがいた。やつは、自分では勝てないからと、優秀な個性を持つ母を金で買い、掛け合わせて俺たちを作ったんだ」
膝においてある手は、白くなるほど強く握りしめられている。俯き、髪が影になってその表情こそわからないが、それだけで十分だった。
何が飲み込んだだ。何も乗り越えちゃいないじゃないか。多分体育祭の緑谷との戦いがきっかけだろうが、あれからまだ幾日もたっていないんだ。飲み込みきれるわけがない。
「やつはただオールマイトに勝つために、それだけのために。お母さんも、俺も、メチャクチャにしたんだ…!」
しまった。中身を聞いていなかった。ボーとしてたらいつの間にか話が終盤じゃないか。
「ようは政略結婚と同じようなことだね」
「政略結婚……?」
「昔は愛のない結婚なんて普通だったし、優秀な跡継ぎを産むのが女の仕事とまで考えられていた。
好きな人と結ばれて、愛があるのが当然という考えが広まった今だからこその悩みだ」
「だけど、あいつはお母さんを……!」
「優秀な跡継ぎを望むのは当然のことだ。理性が勝っているだけで、本能では優秀な遺伝子を残したいと考えている。お前の父はその本能が強すぎただけじゃないのか?」
「…本能」
考え込むように黙る轟から視線を外して、綺麗な日本庭園を眺める。月が反射してとても綺麗だ。ここだけ見ると昔を思い出すな。
轟は、飲み込みかけてはいたんだろう。だから私の言葉にも素直に耳を傾ける。それでも表情には僅かに陰りがあった。
「とはいっても、やり過ぎはよくない。その加減は時代が決めることだと思う。お前の父は、昔ならば合っていたが今ではあきらかにやり過ぎな分類だろうね」
復讐なんて、虚しいだけだ。やめた方がいい。みんなそう言う。けれどそれは当人の気持ちなんて知らないから簡単に言えることだ。
当人にとって、復讐が何も生まないことは知っている。虚しいことなんて知っている。それでも、この身にある感情をぶつける場所がなく。飲み込むことが出来ない。だから復讐という手段に走るしかないんだ。
「どちらにせよ、復讐は悪い事じゃない。いや、人としては駄目なんだろうけど、それで自分が納得するのならむしろやったほうがいい。果たした後に、何があるかは誰もわからないんだ。なら、それが考えて考えて、自分の意思に基づいて決定した行動なら、誰にも咎める資格はないと私は思う。その先がどうなろうと、その責任は自分で負うべきだ」
そう締めくくって、嫌に大人しい轟の方を向くと、表情に陰りはなくじっと静かにこちらを見つめていた。
何か言うわけでもなくただじっと見つめてくる轟に眉間にシワがよる。
「なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「………お前、変な考え方してるな」
「はぁ?」
「昔の人みたいだ。今じゃそんな考えしてるやつなんてほとんどいねぇんじゃねぇのか?」
「……お前、人がせっかく聞いてやったのにその言い草はないんじゃないのか」
「悪い」
ようやく口を開いたかと思えばそんなことで、つい声に不機嫌さが滲み出るのは仕方が無いだろう。
轟はまったく悪く思っていない声で謝罪する。
「なんていうか。あっさりしてんだな」
「当たり前だ。なんで他人のことでグチグチ悩まなくちゃいけない」
「……普通。正そうと何か言ってきそうなもんだけどな」
「緑谷みたいにか」
「!……知ってんのか」
「体育祭で聞こえてきた」
「あの距離でなんで聞こえんだよ」
呟かれた言葉に返事はしない。厳密には聞こえたというか唇を読んだと言ってもいい。まあ聞こえた部分もあるから間違いではない。
「話が終わったならもう行くぞ。お前のせいで予定が狂った」
「悪い。なんかあったか」
「お前には関係ない」
「………」
この時間じゃもう庄左ヱ門は寝ているだろう。ああまた明日の夜まであの子の声が聞こえないなんて。思い出したらイライラしてきた。
なんで私はこいつの話なんて聞いてやってたんだ。
立ち上がると、轟も立ち上がる。
轟の方が背が高いので、自然と轟が私を見下ろす形になる。
「親父がなんでお前をあんなに気に入ってんのか、分かった気がする」
穏やかに目を細め僅かに微笑む轟。
なんと言っているのか理解出来なかったが、すぐにその言葉が頭に浸透し理解する。
「…………」
返事はせず、すぐに踵を返してさっさと歩き出した。後ろで轟が呼んでいるような気もするが、ああいうのは関わらない方がいい。
私は彼ら以外とは関わりたくないんだよ。