過去と忍びと今とヒーロー
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  • 二十九話

    職場体験中は、エンデヴァーとパトロールについていったり、彼の活躍ぶりを横で見たり、それがなければ事務所で訓練三昧だった。
    とはいっても、私は最初のエンデヴァーとの一戦以来個性は使っていない。この事務所には使わざるを得ないほどの実力者はいないし、体術だけで勝てるので使う必要が無いからだ。実際、事務所内では私に勝てる人はいなかった。それをエンデヴァーが見てからは、私の相手は彼だけになっている。
    最初の一戦とは違い、潰しにかかってくる戦い方。善戦することはあるが、さすがNo.2。実力は本物だ。まだ一回も勝てたことがない。普段は出来る限り個性を見せたくないから、個性の訓練をきちんと出来て嬉しい。やっぱり自宅の訓練室だけじゃ物足りないからね。
    その戦いを轟はいつもじっと見てくるが、関わらないにこしたことはない。

    轟といえば、初日の夜から何やら距離感が変わった。
    今までは特に用事がなければ関わりもしなかったが、あの夜からは気がつけば横にいる。自分の訓練が終われば今のはどうだったかと聞いてくるのは、正直鬱陶しいのでやめてほしいな。

    『先輩……それ、大丈夫なんですか?』
    「まあ今のところ害はないから」
    『いえ、そうではなくて。轟さんが先輩に好意を持っていたらどうするんですか』
    「有り得ないね。そんな要素は一つもなかった」
    『(……今はなくとも、話を聞く限り、絶対にその気持ちがかけら程度には向こうにはあると思うんですが)』
    「あ〜。庄。早く帰って抱きしめたいよ」
    『あと四日です。頑張ってください』

    溜まりに溜まったことを電話口で庄左ヱ門に話すと、小さな機械から庄左ヱ門の声が聞こえてくる。
    あの後何かと轟が引っ付いてきて、断る度にあの下級生の子達と似ても似つかないはずなのに似ている顔をされるから、気がついたら一緒に話して__というか向こうがポツリポツリと話して時折私が話す程度__庄左ヱ門が寝てしまう時間になってしまいまったく連絡が出来なかったのだ。
    今は自由時間に轟を撒いてやっと庄左ヱ門との電話。もうあの子の声を聞かなすぎて死にそうだった。
    あいつ、気がついたら横にいるんだもん。気配を消してる訳じゃないのに、妙に間の詰め方が上手いんだよな。

    「そろそろ休憩時間が終わるから、名残惜しいけどきるね」
    『はい。先輩が今いらっしゃる保住にはヒーロー殺しがいるそうなので、お気を付けて』
    「油断はしないよ。ありがとう」

    電話を切ってため息をつく。
    あと四日かぁ…。なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。いや、絶対に気のせいじゃない。





    そして、その予感が当たったのは、そのすぐあとの事だった。



    ***

    保住での活動中。突然ヴィラン達が複数一気に暴れだした。そのヴィランというのが、学校に襲撃に来たやつに似ていたのでまさか他の奴らもいるのかと周りをすぐに見渡す。

    (見つけた)

    屋根の上で佇む二人。やっぱあの影のワープ?便利そうだな。まあ私も似たようなものだけど、あれは影の中を移動しているのであってワープとはまた違うからな。

    見つけたとはいっても、距離は結構あるし、私が彼らを捕まえる義務もない。というわけで、奴らがいるということは認識しておくが手出しは向こうからなければ放置することにした。

    早速討伐に行こうとするエンデヴァー。その後ろに付いていきながら、ふと轟が携帯を見ていることに気がついた。

    「携帯じゃない!俺を見ろ焦凍ぉ!!」

    エンデヴァーの言葉に返事はせず、踵を返して走っていこうとする。

    「待って。どこに行く気」
    「緑谷から連絡が来た。座標だけだが、あいつが無駄なことをするとは思えねぇ」
    「だから何かあったかと行くの?何故?」
    「もしかしたらヒーロー殺しに会ったのかもしれねぇ」
    「だからどうした。お前の今の任務はここでエンデヴァーの補助をしながら一般人の救助及び避難誘導だ。ヒーロー殺しを倒しに行く事じゃない」
    「緑谷が危ねぇかもしれないんだぞ!」
    「もう一度言おう。それがどうした」

    轟の腕を掴み引き止めれば、案の定全く関係ないことをしようとしたらしい。それに問えば感情的に叫ぶ轟。それに反して、淡々と。なんの感情もこもっていない声で聞けば動きが止まった。

    「確かに緑谷出久は危機にひんしているのかもしれない。もしかしたら死んでしまうそうでなくとも重症を負うかもしれない。だが、それでお前が行く必要性はどこにもないだろ」
    「必要性とか、そういうことじゃねぇだろ…!」
    「お前が行くよりも他のヒーローが行ったほうが、機動力的にも戦力的にも有益だ。むしろ、お前がいって自体が悪化する可能性の方が高い」
    「………お前は行かないんならそれでもいい。腕を離せ、っ!?」

    力ずくで振り払おうとした。けれど、浅間に掴まれている右腕はびくともせず、徐々に力を込めていく彼女に、腕はギリギリと音をたてているような痛みが走る。

    「お前の今の任務は、ヒーロー殺しを倒すことじゃない。緑谷出久を助けることじゃない。一般人の避難誘導だ。任務を放棄するつもりか」

    その顔は、今までの無表情とは違った。
    感情が全て抜け落ちた能面のような表情で、射殺さんばかりに冷たく、鋭い視線。背筋が凍る、殺気。
    誰だ。こいつは。
    なんで同い年の女が、こんな殺気が出せるんだ。
    息が勝手に上がり、浅くなる。身体が震える。こいつの目からそらしたいのに、それしか出来ないかのように固定されてしまう。

    そんな空気を破ったのは、エンデヴァーだった。

    「焦凍。何があった」

    その重圧な声が、くしくも轟の体を解放し、浅間の殺気を収めた。

    「ぁ……っ、とも、だちが大変かもしれねぇんだ」
    「………ヒーロー殺しか?」
    「多分、そうだ。手が空いたらでいい。そしたらこの座標の所まで来てくれ。あんたならすぐに来るだろ」

    考えたのは一瞬。浅間の方を見れば、彼女もまたエンデヴァーを見ていた。

    「分かった。焦凍、そちらに行け」
    「!……ああ」

    その言葉を聞くと、さっきまでの威圧感などなかったかのように霧散し、あっさりとその腕を離す。
    それに困惑したように浅間を見るが、その表情はいつもの無表情に戻っていた。

    「この場での将はエンデヴァーだ。彼がお前の任務を変更したのなら、妨害する必要はない」
    「………お前は、来ないのか」
    「行く必要が無い。私の任務はここで一般人の避難誘導だ」

    じっと見つめるが、すぐに走っていく轟。

    「君は本当に行かなくていいのか?」
    「さっき言った通りです。彼らへの救援は私の任務ではありません」
    「………君は、やはりヒーロー志望らしくないな」

    そういって、エンデヴァーはヴィランに向かって行く。
    ヒーロー志望らしくない?当たり前だ。私はヒーロー志望になったつもりはない。


    「別に、お前達に理解は求めていない」


    私達《忍び》にとって任務は絶対だった。そこに私情なんて関係なかった。
    だから、感情のままに行動し、見ず知らぬ他人のために自身を傷つける彼らのことなんて理解できないし、その逆だって出来ないだろう。

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