過去と忍びと今とヒーロー
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  • 三十話

    職場体験は無事終了した。
    いきなり話が飛んでしまうが、話すことなどないほどあっさりしていたのだから仕方が無い。いや、私にはなかったが、ある一部のヤツらにはとても波乱万丈の一日があったのだろう。

    保住での集団ヴィラン襲撃で、轟が行った先には案の定ヒーロー殺しがいたらしい。そこにいたのは緑谷だけではなく、既に襲われていたヒーロー。そして飯田がいた。何とか撃退したが、ヴィランに緑谷が攫われそうになり、それをヒーロー殺しに助けられた。
    結果的にはヒーロー殺しを捕まえたことにはなるが、資格未取得者による個性の使用は禁止されている。彼ら三人は違反者として罰せられるはずだった。そう、はずだったんだ。けれどエンデヴァーが捕まえたことにし、三人の功績を闇に葬ることでその事実を無かったことにした。

    とまあ、その場にいた者には箝口令が敷かれ、普通ならば知るはずのない私がそこまで知っているのは、エンデヴァーに教えてもらったからだ。
    轟はヒーロー殺しとの戦いで負傷したらしく、しばらく入院だそうだ。特に聞くこともなく話し始めたエンデヴァー。それからの四日間は、最初の頃とほぼ変わらずパトロールと訓練だった。


    「あ」
    「……ぁ」

    最終日の夜。明日は久しぶりに庄左ヱ門に会えるとウキウキしながら割り当てられた部屋への道を歩いていると、前から轟が歩いてきた。
    戻ってきているとは知らず、つい声が漏れたが、何故だが轟はバツが悪そうにすぐに視線をそらした。

    「戻ってきていたのか」
    「ああ……今日退院だった」

    何をそんなに居心地を悪そうにしているのか分からないが、特に何か用があるわけでないのでそのまま通り過ぎようとする。

    「…………すまなかった」

    目の前まで来た時に、そんなことを言われてつい立ち止まる。一体何のことを謝っているのか分からず首を傾げるが、轟は少し目をさまよわせた後、意を決したようにこちらに目を合わせる。

    「お前が忠告してくれたのに、このザマだ」
    「?言っている意味がわからない。私は忠告なんてした覚えはないよ?」
    「………俺が行く方が、自体が悪化する可能性の方が高いって言葉。他のヒーローに任せるべきだって言ってくれていたのに。無視して、一歩間違えたら全員死んでた」
    「別にそういうつもりで言ったわけじゃない。お前はお前の任務を果たした。全員生きている。それだけだろ」
    「だが、飯田も緑谷もボロボロになった」
    「過程なんてどうでもいい。重要なのは結果だ」

    そう。重要なのは結果だ。その過程でどれほどの功績を上げようと、どれほどいい行いをしたとしても、結果が悪ければ意味などない。逆に、途中でどれだけ悪い行いをしていたとしても、結果がよければそれはいい事だ。
    どれだけ無様になろうと、どれだけ傷を負おうと、最終的に目的を達せられれば、それは勝利なのだから。

    「お前があの場に行かなければ彼らは死んでいたかもしれない。けれど、行っていたおかげで逆に自体を悪化させたのかもしれない。そんなありもしない"もし"なんて誰もわからない。重要なのは、お前がヒーロー殺しを撃退し、傷を負いながらも全員生きて戻ったという結果だけだ」

    私の言葉に、轟は目を見開く。しかしすぐに細められ、口は弧を描いた。

    その姿が、全く似ていないはずのその顔が。"彼ら"と重なり、小さく息を呑む。

    「___ありがとな」

    返事を言おうとし口は、けれど僅かに開いただけで何も音を発さない。
    目を見開き凝視する私に、轟は訝しげに首を傾げる。

    「_、礼を……言われる意味がわからないな」

    声は震えていないだろうか。嗚呼、何故"彼ら"と重なるんだ。何故、何の関係もない貴様が、私の中に入ってくる。
    こいつは"彼ら"じゃない。似てもいない。似ているところなんて一つもない。こいつは、"彼ら"じゃない。
    一つ瞬きして、細く息を吐けばもう大丈夫。

    「そう言ってくれて、少し軽くなった」
    「そういう意図で言ったわけじゃない」
    「ああ、知ってる。それでもありがとな」

    笑う轟に、さっさとこの場を去りたくなり横を通り過ぎる。轟も自分の部屋に戻るのかと思ったが、予想に反して私の横に並び歩き出した。

    「なぁ、浅間が一緒に住んでる子ってどんなやつだ?」
    「……それを話す必要ある?」
    「俺が知りたい」
    「………………その顔やめてくれない?」
    「どんな顔だ?」
    「いや、………もういいや」

    もう面倒だ。こいつを遠ざけきれず、こいつに"彼ら"を見てしまった時点でもう取り返しがつかないんだから、今更突っぱねて拒絶しても無駄なんだろう。それに、こういうタイプがしつこいということは昔からよく知っている。
    ある程度妥協してしまった方が楽だ。

    「というか、なんでお前があの子のことを知っているんだよ」
    「結構噂になっているぞ。浅間が溺愛してる子供がいるって」
    「…………」
    「学校に連れてきているし、時間があくとすぐに職員室に向かってるからな、クラスでは話題になっている」
    「……………あの子は少し前にヴィランに襲われて、行く宛もなかったから第一発見者の私が引き取った」
    「そう、なのか?」
    「なんだよ」

    隣が立ち止まったので、どうしたのかと私も立ち止まり隣を見ると、轟は無表情にじっとこちらを見ていた。

    「浅間を見ていると、それだけじゃないように思える」

    目は口ほどにものを言うなんてよく言う。轟は元々口数が少ない方なのだろう。けれどその目は感情を雄弁に語っている。
    今の質問が純粋な疑問だけなのだから、今まで周りにいた人物達とは少し違うのだろう。

    「あの子は……あの子は大切な子だよ。何を犠牲にしても守ると決めた。私の、大切な愛子さ」

    思い浮かべれば、すぐに脳裏に浮かぶあの子の顔。蘇る声。一度は失った大切な大切な愛子。

    浅間は、庄左ヱ門を思い浮かべれば自然と頬が緩み、愛しいものを見るような優しい表情になった。
    今までの無表情や、眉を潜め明らかに不機嫌な表情とも違う。初めて見るその笑みに、轟は目を奪われた。

    「さて、明日はやっと帰れるからね。私はそろそろ寝る」
    「あ、ああ」

    気がつけば浅間にと割り当てられている部屋につき、一声かけると彼女はさっさと中に入っていった。閉まった扉を、しばらくじっと見る。
    最後に彼女は上機嫌に扉の向こうにいなくなった。それはきっと愛子と呼ぶ子供に会えるからだろう。

    電話をして、たった数日離れただけであそこまで会うのを楽しみにされる子供のことを。彼女にあんな顔を向けられているであろう子供のことを。少しだけ羨ましいと思ってしまった。

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