過去と忍びと今とヒーロー
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  • 三十一話

    「庄!」
    「先輩!お久しぶりです!」
    「ああ久しぶり!元気にしてたか?少し背が伸びたんじゃないか?」
    「1週間程度じゃそこまで伸びませんよ!」

    扉を開けてすぐにいた庄左ヱ門に抱きつくと、庄左ヱ門も抱き締め返してくれた。
    久しぶりに会った庄左ヱ門に充電していると、ポンポンと背中を叩かれ少し離す。

    「先輩!もしお疲れでなければ、一緒に出かけませんか?」
    「いいよ!デートだね!」

    可愛いお願いに断る選択肢などなく、緩む頬をさらに緩ませて、荷物を片付ければすぐに出かけた。手はしっかりと庄左ヱ門と繋いでいる。

    「どこに行きたい?」
    「先輩と久しぶりに出かけたかっただけですから、お好きな場所で大丈夫です」
    「じゃあショッピングモールにでも行ってブラブラするかー」

    色んなお店がある少し大きなショッピングモールに行くことになり、久しぶりの庄とのデートだ!と浮かれていた私。


    ***

    「よーし。庄。まず最初は庄の服を調達するか!」
    「今のままでも十分ですが?」
    「そろそろ暑くなってきたし、夏服を買わなきゃ」

    服屋につけば、うきうきと庄左ヱ門に似合いそうな服を探してくる。ついついテンションが上がってしまってその量を見た庄左ヱ門が呆れたようにため息をついたが、全て試着してくれた。

    「可愛い!可愛いよ庄!」
    「僕は可愛いよりカッコいいがいいです……」

    結局気に入ったものをすべて買おうとしたら庄左ヱ門に止められたので、その中から庄左ヱ門が気に入ったものを数着買った。

    「そろそろお昼か」
    「あそこのレストランで食べませんか?」
    「お、いいね」

    まだランチタイムに入ったばかりなのか、ちょうどよく空いている。特にこだわりはないから、一番近いレストランで食べようと足を向けたその時。

    「あ」
    「………浅間か」

    なんと相澤先生に遭遇した。私服だということから休日なのだろう。しかしジーパンとシャツ。合理性を追求した結果?プライベートでも無精髭とその髪は健在なのね。
    相澤先生の登場に庄左ヱ門の機嫌が一気に下がったが、なんでこんなに目の敵にしているんだ?

    「こんにちは。相澤先生」
    「こんにちは。職場体験はどうだった」
    「有意義でしたよとても。やはりNo.2の実力は本物でした」
    「いろいろ大変だったらしいな」
    「そうでもありません。彼は彼の任務を果たしただけですし」

    相澤先生はヒーロー殺しのことを担任として勿論知っている。その事を言われたのだろうと返事を返すと、僅かに眉を潜められた。しかしそれもすぐになくなりいつもの仏頂面に戻ると、私と繋がれている手を見て庄左ヱ門を見る。

    「買い物か?」
    「はい。久しぶりに会えたので、折角だからというわけです」
    「相変わらず仲がいいな」
    「相澤先生は一体何を?」
    「俺は買い出しだ」

    庄左ヱ門が握っていた手を軽く引っ張ってきた。そちらを見ると、もう行こうと言ってくる。

    「すみません相澤先生。私達はこれからお昼なのでこれで失礼します」
    「ああ………」

    軽く頭を下げて背中を向け歩き出す。
    その時、庄左ヱ門は由紀に気が付かれないようにそっと後ろを振り返る。じっと後ろ姿を見ていた相澤は気が付きどうしたのかと見れば、ニッと徴発的な笑みを浮かべた。

    「!……」

    それはまるで、この状況で由紀が相澤よりも庄左ヱ門を優先させたことを自慢しているようなものであり、事実相澤は庄左ヱ門の表情が[やれるものならやってみろ]と言っているように見えた。

    「待て」

    気がついた時には制止の言葉が出ていた。
    不思議そうに振り返った由紀を見て、しまったと思ったがもう遅い。引き止めてしまったものは引き止めてしまったのだから開き直ってしまおう。

    「どうされましたか?」
    「あー………飯、よかったら一緒に食べないか?」
    「は?」
    「いや、お前にはいろいろ聞きたいこともあるし。まあ……なんだ。労いも兼ねて奢ってやる」

    怪訝そうな由紀に、相澤はそっと視線を逸らして頭をかく。けしかけたのは自分とはいえ、まさか本当に相澤がアクションを起こすとは思わず、思わず顔を顰めた。

    「はぁ……別に労うこともありませんが」
    「いいんだよ。ほれ、さっさと来い」

    そう言って入ろうと思っていたレストランに入っていってしまった相澤を見て、チラリと庄左ヱ門を見る。若干ムスッとしてはいたが、まあいいかと考えること止め、二人も相澤の後を追うように入っていった。


    ***

    「それで、聞きたいこととは何でしょうか?」

    席につき注文が終わったところで由紀に言われた言葉に、一瞬固まる相澤。一口水を飲んでそれを誤魔化した。

    「いや……学校では上手くやってんのか?」
    「生活に支障がない程度にはやっていますが」
    「なんか困っていることは?」
    「庄と会える時間が少ないです」
    「そういうことじゃねぇ」

    割と深刻な問題なのだが、即答で切り捨てられた。
    そのまま続きを話すこともなく、メニューを見始める相澤。

    「…………相澤先生、用なんて特になかったんですね」
    「合理的虚偽ってやつだ」
    「はぁ…」
    「まあ、あれだ。お前の編入は試験的なものでもあるからな、後はお前自身が少し特別だから、その様子見だな」

    完全に後付けであろう理由に一応の納得を見せると、ちょうどよく注文したものがやってきた。

    「先輩。先輩の一口下さい!」
    「いいよ。庄のも一口おくれ」
    「はいどうぞ!」
    「ん」

    庄左ヱ門が自分のオムライスを一口分掬い、こちらに差し出す。

    「先輩、あーん」
    「っ!っっ!!!」

    その破壊力に悶え、必死で抑えていると相澤が奇妙なものを見るような目で見てきた。

    「っ、っ美味いよ庄」
    「先輩も、あー」

    何とか食べると、今度は餌を待つ雛鳥のように口を開けてこちらを見上げてくる庄左ヱ門に、目を見開いてその瞬間を焼き付けるようにこの目に映す。

    「はい、あーん」
    「あー……先輩のハンバーグも美味しいです!」

    なんだこの可愛い生き物。

    二パッという効果音が聞こえそうなほど上機嫌に笑う庄左ヱ門に悶えている私は、庄左ヱ門が相澤先生に向かってドヤ顔をして挑発していることも、それを見た相澤先生が額に青筋を浮かべていることなんて全く気が付かなかった。



    相澤先生は口数が多い方ではないので、食事中は私と庄左ヱ門の会話しかしなかった。それも、食事中に話すことはあまりマナーとしてはいい事ではないから極わずか。テーブルは妙な静けさがあった。

    「………庄、口についてるぞ」
    「?どこですか?」
    「ここだここ」

    口の端にご飯がついていることに気が付かない庄左ヱ門に指摘すると、見当違いの場所を拭く。かすりもしないそれに、笑いながらナプキンで拭いてやる。
    なすがままなその姿が、普段の冷静な態度とは違い年相応の幼さを感じさせる。

    「すみません。少々お手洗いに行ってきます」
    「ああ」




    ___________________

    先輩が席を立ち、完全にこちらからの声は聞こえない場所に行ったことを確認してから、目の前に座る男を見据える。

    「………さっきから、一体なんだ」

    面倒そうに聞いてくる男に、自然と寄りそうになる眉間に力を入れて、ニコリと人が好みそうな笑みを浮かべた。

    「あれを見て分かったかと思いますが、先輩と僕には入る隙間なんてありません。他を当たってください」
    「だから、一体何の話だ」
    「まさか自覚なさっていない?おやおや。プロヒーローと言えども自身のことには鈍いのですね」

    トゲトゲしさを隠しもしない言葉に、前から感じていた違和感が形になっていく。
    そうだ。この子供は"子供"らしくないのだ。まだ10歳という幼い子供にも関わらず、まるで成熟した大人のような雰囲気をまとっている。

    「そりゃどういう意味だ?」
    「先輩に近づくのをやめて頂きたい」

    その言葉に眉間にしわが寄る。
    何故ならばその言い方はまるで。

    「俺が、浅間に好意を持って接しているみたいな言い方だな」
    「違うのですか?」
    「違うに決まってんだろうが。あいつは生徒で、俺は教師だ。三十路のおっさんが自分の生徒である女子高校生に手を出すわけねぇだろうが」
    「心と立場はともないません。いくら立場が邪魔をしようと、心が惹かれることを止めることは出来ません」
    「俺はプロヒーローだぞ?犯罪を犯すわけねぇ」
    「言ったでしょう。立場と心は関係ないと」

    口元は笑っているのに、目は一切笑っていない。底冷えするような殺気さえ放っている。およそ10歳の子供が出せるようなものではないそれらに、言い知れぬ恐怖が背筋を駆け巡った。

    「あなたは先輩に惹かれている。間違いなく。確固たる事実としてそれは存在している」
    「何度も言わすな。俺は_」
    「なら何故、今日先輩をご飯に誘ったのですか?」
    「………」
    「否定するあなたにこの問に答えることは出来ない。何故ならばあなたは僕の挑発に乗り、無意識に起こした行動だったから。けれど、無意識というものは心の有り様を言葉よりも雄弁に語ります」
    「…………」
    「先輩はあなたなど見てはいない。僕とその他がいれば絶対に僕を優先する。そしてあなたは"その他"だ。教師として生徒として接する以上先輩との距離は絶対に埋まりはしない。あなたはそれが嫌だったのではないのですか?」
    「…………………」
    「あなたは先輩が試験的な導入である編入生だから特に目を配っていると思っているのでしょうね。ですが、本当にそれだけですか?もっと別の感情があるんじゃないですか?」
    「…………ありえん」

    なんとかそれだけを口にすると、目を細め口元から笑みが消えた。

    「そうですか。あくまでも否定すると。まあ別に構いません。僕が言いたいのは、例えあなたがそれを認めようが認めまいが、絶対に先輩は渡さないということです。諦めてください」


    その後のことは、よくは覚えていない。
    気がついたら浅間が戻ってきていて、気がついたら二人と別れていて、気がついたら家に帰っていた。




    「先輩がほんの僅かにですが気にかける相手なのだから、どれほどのものかと思えば、大したことがありませんでしたね。警戒する価値もない」

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