三十二話
浅間由紀。
普通科に進学しながら、自身の祖父と根津校長からの推薦で、試験に見事合格。雄英高校ヒーロー科に編入する。その試験のさい、イレイザーヘッドが相手を務め、見事その実力を示した。その後他者と関わる姿はあまりなく、全体的に排他的な思想が見える。
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俺にとっての浅間はただの生徒だ。
確かに試験的な編入生という立ち位置から他よりも目を配っていた。あいつの試験を担当したのが俺ということもあり、他のやつよりは気を配っていた。だが、だからといって、あいつを恋愛対象としているかと聞かれれば否と答えられるだろう。
いや。
__先輩はあなたなど見てはいない。僕とその他がいれば絶対に僕を優先する。そしてあなたは"その他"だ。教師として生徒として接する以上先輩との距離は絶対に埋まりはしない。あなたはそれが嫌だったのではないのですか?__
答えられるはずだった。
デパートで黒木から徴発的に笑みを向けられた時に、咄嗟に口に出してしまった時から。いや、もっと前からきっと奴は気がついていた。
俺でさえ気がついていなかった俺の想い。
だがこんなものを出すわけにはいかない。俺は教師だ。ヒーローだ。あいつは生徒で、まだ子供なんだ。そんなわけが無い。
__心と立場はともないません。いくら立場が邪魔をしようと、心が惹かれることを止めることは出来ません。__
そんなわけにいくか。どんなことになっても肩書きはついてまわる。第一己を律していた俺が、気づかないうちに恋に落ちていたなんて思春期のガキみたいなことがあるわけがない。
あれは黒木の思い違いだ。
__あなたは僕の挑発に乗り、無意識に起こした行動だったから。けれど、無意識というものは心の有り様を言葉よりも雄弁に語ります。__
………そんなわけがあるか。
あれは、黒木のようなガキに挑発されて気がついたらやってたことだ。そんな舐められたからといって食ってかかるなんざ、俺もまだまだだな。
そうだ。そんなわけがない。
俺が、あいつみたいな一回りも年が違う、ましてや自分の生徒を好きになるなんざ、有り得ない。
そう、思い込もうとしても。頭の中には黒木の言葉が離れず、浅間の姿さえも自然と思い浮かべられた。
__あなたは先輩に惹かれている。間違いなく。確固たる事実としてそれは存在している。__
………嗚呼。ああもう。クソが。分かったよ。俺の負けだ。
こうやって、外野からなにか言われたぐらいでグダグダ悩んでいる時点で。浅間のことが自然と思い浮かぶ時点で。何もかも手遅れだったんだ。
いつからだ?
恐らく、体育祭で彼女と話した時。いいやもっと最初だ。黒木を連れてきて話した時。いいや。
きっと、俺は最初にあったときから、あいつを好いていた。
初めてあったあの時。俺を敵だと認識したあの目。あの鋭い目に、きっと俺は惚れた。
頭を抱えて項垂れる。大きくため息が出たのは仕方がないだろう。
教師が、生徒に。ヒーローが、未成年に。惚れただのなんだのと、一体どうしろというんだ。
そんなもん押し殺すしかねぇだろうが。今のうちに気がつけたのは幸いだ。まだ引き返せる。まだ留まれる。
まだ。
__例えあなたがそれを認めようが認めまいが、絶対に先輩は渡さないということです。諦めてください__
「………引き返せるわけねぇだろうが」
俺を睨みつけることさえしない。ただ冷たく無機質な目を向けながら警戒していた黒木の最後の言葉が蘇る。
渡さない?お前は浅間のなんだと言うんだ。
諦める?なんでお前にそんなことを言われなければいけない。
引き返すなんて留まるなんてあまっちょろいことは言っていられない。今だ。今取らなければ、きっとあいつは遠くに行ってしまう。
ああそうさ。俺は教師と生徒以上の関係をあいつに望む。パートナーとして浅間の隣に立ちたい。
教師だとか生徒だとか。ようは手を出さなければいい話だろ。
今のうちに手に入れて、卒業してから手を出せばいい。合理的だ。
「俺は引かねぇよ。絶対に手に入れてみせるさ」
予約は大事だからな。