過去と忍びと今とヒーロー
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  • 三十三話

    期末テスト。そんな単語が囁かれ始めたのは職場体験が終わってすぐの頃。どうやらヒーロー科は筆記の他に実技もあるらしく、赤点のものは林間学校に行けないらしい。
    雄英はヒーロー養成の最高峰ではあるが、偏差値も79とレベルが高い。日々の訓練の中でも通常授業はあり、その進みも早い。必然、筆記試験の範囲は膨大だ。
    合格しているのだから頭は悪くないはずだが、厳しいと嘆いているやつを多く見かける。

    「一緒に勉強しないか」
    「しない」
    「教えてくれ」
    「教える必要が無いだろ」
    「俺ん家でいいか?」
    「了承してない」
    「図書館か?」
    「話聞けよ」

    そんな中、職場体験以降何かと話しかけてくるようになった轟は、今日も今日とて話しかけてくる。ちなみに私の席は一番後ろだ。一つだけ出ていることになる。そして、最悪なことに前の席は轟。
    いつもチャイムがなるまで話しかけてくるか、何も言わずただこちらを見てくる。

    「放課後は庄との時間だ。お前に割く時間なんてない」
    「あの子も一緒でいい」
    「嫌だ」

    しつこい。しつこすぎる。なんでこんなに構ってくるようになったんだ。

    「なぁなぁ。期末テスト、どうやら入試のロボットらしいぜ」
    「マジかよ!」
    「先輩に聞いたから間違いねぇよ!」
    「なら楽勝だな!」

    そんな会話が聞こえてきた。
    彼等は彼等なりに情報収集をしていたらしく、内容を提示されていない期末テストの実技内容を突き止めたらしい。
    入試で使ったロボット。私はやっていないから知らないが、まあ体育祭であったアレならどうとでもなる。それよりも、はたしてこの学校が例年通りのことをするだろうか。いや、通常ならするかもしれないが、ヴィランに襲われ活発化してきたこの状況でやるか?

    「なぁ浅間」
    「浅間。悪いがちょっと手伝ってくれ」

    まだ轟が何か言おうとした時、ちょうどよく相澤先生が扉から顔を出して呼んできた。
    これ幸いとそちらに駆け寄ると、轟は若干不満そうな顔をした。

    「先生、何でしょう」
    「この資料を運ぶのを手伝ってくれ」
    「分かりました」

    先生が持った残り、三分の一ほどの資料を持ちその後に続く。

    「最近、轟と仲がいいみたいだな」
    「あなたの目は節穴ですか」
    「まあ、仲がいいことは良いことだ」

    なんだか前にもこんな会話をしたような気がする。
    そのままポツリポツリと会話をしていると、準備室についた。
    先生は器用に扉を開けると、先を譲ってくれる。

    「その辺に置いておいてくれ」

    資料を置いて、さっさと行こうとすると引き止められた。どうしたのかと振り向くと、先生は頭をかきながら何かをいいごもる。

    「ぁ〜……」
    「どうかしましたか?」
    「………なんか、あったら言え。相談に乗る」

    脈絡のない話に首を傾げるが、用事はそれだけだったようで先生は手元に書類を出して作業を始めてしまった。

    「?分かりました」
    「ああ……助かった。もう行っていいぞ」
    「はあ。失礼します」

    とりあえず返事をしておこうとして、退室を促されたので出ていった。
    担任としての責任か?よく分からない。

    ***

    浅間が部屋から出ていくのを見届けると、ため息がでた。
    最近、轟が浅間とよく一緒にいるようになった。浅間はそうでもないのだろうが、轟があいつに関心を寄せているのは間違いない。
    浅間を見かければ同時に一緒にいる轟も視界に入るわけで、あいつへの気持ちを自覚した俺としては面白くない。
    だからこうやって、別に手伝いが必要でもない用事を轟と一緒にいる時に浅間に頼んでいる。あいつは周りに関心がある訳では無いが、体裁として教師である俺を優先させる。その時に轟が不満そうな不機嫌そうな表情をすることで、僅かに優越感が満たされた。
    けれどそんなことでしか満たせない現状に、どうしてもため息が出てしまうのは仕方がないだろう。

    「せめてもう少し近づけられれば……」

    けれどそれは無理だ。
    既に何度か実行した。けれどその度にどうやって気がつくのか、いつもいつも黒木が邪魔をしてくるのだ。

    「……前途多難だな」

    ***

    教室に戻るために廊下を歩いていると、前から背が高くガリガリに痩せている先生が歩いてきた。

    見たことはない。侵入者かと思ったが、よく見れば骨格、身長。髪の色などからオールマイトだ。けれど普段とは似ても似てかない。何故あんなにも痩せている?

    「オールマイト先生」
    「!?!?」

    会釈をして通り過ぎようと横を通った瞬間、声をかければ面白いほど肩をびくつかせる。
    ゆっくりとそちらを見れば、冷や汗をたらして挙動不審なオールマイトがいた。

    「な、何を言っているんだ浅間少女!私のどこを見てオールマイトだというんだい!?」
    「その呼び方はオールマイトのものですし、骨格身長、その他特徴からあなたはオールマイトと一致します」
    「そそそんなわけないじゃないかHAHAHAHA!!」
    「その行動そのものがあなたがオールマイトだと言っているようなものですが」

    まだ誤魔化そうとするオールマイトを放置し、その姿を観察する。
    正面から見るとその体はただやせ細っているだけではなかった。明らかに異常な痩せ方。

    「……その姿は、時間がないということと何か関係があるのでしょうか」
    「っ!?」
    「以前、ヴィラン達が襲撃した際にも見かけました。そして、その時に緑谷が独り言として言っていた言葉」
    「…………君は、あの時点から知っていたのに何も聞いてこなかったんだね」
    「私に害がなければどうでもよかったので」
    「HAHA!聞いていた通りの性格だ!」

    いつもの通りに笑っていると、咳き込み吐血する。オールマイトはいつもの事だと手馴れたようにハンカチで拭うが、その痛々しい姿に眉間にしわがよるのを自覚する。

    「貴方は、貴方は何故そこまでして今の地位にいる」

    怖い。私はこの人がとても怖いんだ。そこまで限界がきているのに、それでもまだしがみついているこの人が、とんでもなく恐ろしい。

    「何も知らない民衆を守るために?それが貴方である必要は有るのですか。そんな姿になってまで、他人を何故守るんですか。何故、そこまで出来るんですか」
    「…………」

    モヤモヤする。ここには理解不能な人間達が多すぎる。教師も、生徒も。ヒーローなどという存在に憧れ、行動する彼らに囲まれる生活は、酷くストレスをためた。
    意味が分からない。今と昔といったいどれほどの差がある。争い傷つくことに差などないはずだ。なのに、何故この時代には貴方のような人がいる。今更目の前に現れるというのなら、何故、あの時現れてくれなかった。

    他のどんな奴に聞いたってきっと納得などしないだろう。けれど、貴方なら。平和の象徴と言われ、その言葉を現実にし、傷つくその姿を隠してまで貫き通す貴方になら。答えを得られそうな気がした。

    「教えてください。貴方にとってヒーローとは。正義とは。一体なんですか」

    その答えを得られない限り、私はここにいる意味を見いだせない。
    先入観に囚われ、別の思考に踊らされる。そんなものは愚の骨頂。信じられるのは自分の目で見て自分で判断したものだけだ。
    ならば、ただ見ただけで相容れないからと切り捨てては駄目だ。この人はそんな単純じゃない。しっかり聞いて、見て、それから判断しても遅くはない。

    「__私にとってヒーローは、人を守る存在だ。助ける存在だ。けれどヒーローだって人間で、間に合わない時がある。それでも、助けることを諦めることだけはしない」

    オールマイトは、先程までの動揺の様子など欠片も残さず、堂々と。通常の姿とは正反対にも関わらず、ナンバーワンヒーローといわしめる風格を持ち言う。

    「ヒーローとは、綺麗事を現実にするお仕事だ。決して悪に屈せず、守り抜く。それがヒーローだ」

    その姿を、私は酷く嫌っていた。だってそうだ。黒に染まっている人間からすれば、その白さは憎くて、そこから言われる言葉は何よりも嫌う。
    それでも、彼はヒーローだと思うから。その言葉は何故かすんなりと聞こえた。

    「正義。それは一概には言えない。それは人によって変わる不確かなものだからだ。けれど、私は正義とは、ひとを守ることだと思う。けれどその手段は個人によって異なる。だから争いが生まれる。誰が正しくて、誰が間違ってるとかいう次元の話ではない。__ならば私は、私が善いと感じた道を行く」


    嗚呼。やっぱりこの人は怖いな。

    「___ありがとう、ございます」
    「うん。納得のいく答えだったろうか」
    「はい。納得いくかどうかは別にして、とても有意義な話でした」
    「ならよかった」
    「ええ。先生はまさにヒーローと呼ばれるに相応しい人だと分かりました。全員がそう、だとは思えませんが」
    「haha。まあそこは仕方が無いさ」
    「理解しています」

    朗らかに笑う彼からは、先程の雰囲気などほぼない。

    「けれどだからこそ、私はよりいっそう。ヒーローになりたいとは思わなくなりました」

    私の言葉に、驚いたように僅かに反応するオールマイト。


    笑って、傷ついて、それでもまだ救い続けて。自分以外の他者の平和を、それのみを願い続けて。

    本当に平和の奴隷のようじゃないか。

    「凄いですね、本当に。なんでそこまで他者に尽くせるのか分かりません。
    私は、命の儚さを知っています。人の愚かさを知っています。醜さを知っています。残酷さを知っています。
    それは貴方も知っていることなのかもしれない。それでも貴方はヒーローであることを選んだ。だけど私は、全てを飲み込むことが出来るほど、できた人間じゃないんです」

    今を生きなくたっていい。未来に進めなくたっていい。過去に縛られているというなら、解かれなくていい。
    私は、あの惨劇を起こしたやつらを。あの場所を壊した奴らを。そしてなによりも。何も出来なかった自分自身を。
    絶対に許さない。

    「私は、私の大切な人だけ守れればいい。それ以外は必要ないし、いらないです。
    ありがとうございます。オールマイト。ヒーローの中にいること、凄い苛立っていたんです。でも、もう吹っ切れました。苛立っていたのは、癇に障るから。僅かに、分かってしまう箇所もあったからです。でももう大丈夫。ヒーローと私とでは、絶対に相容れないと完全に理解しました。
    貴方の言葉で理解できました。貴方のおかげです。ありがとうございます」

    そう言って、私は演技でも愛想笑いでもない、純粋な笑みを浮かべた。


    やっぱり貴方に話を聞いて正解だった。この世界を、この時代を背負っている貴方の言葉だからこそ、重みが違う。


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