唯一の__



「何も無い。空っぽだ。だからこそここにいる。組織の駒として」
彼女は年相応にまだ幼さが残る顔つきで、感情をすべて削ぎ落としたような能面のように無表情で淡々と言う。
「でも君はまだ若い。こんな組織にいなくてもやり直せるんじゃないのか?……その為の力なら、俺だってなってやれる」
「………」
それでもスコッチはまだ少女と女性の狭間のような歳の彼女を、なんとかこの組織から救い出したくて、さらに言う。彼女は被害者だ。何も知らないうちから組織に染められ、他の道を知らずに今に至っている。だからこそ、彼本来の所属柄なのか、彼女を救いたいと心から思った。たとえそれが彼の組織としての地位を危ぶまれるような危険なかけであったとしても。何故だか彼女を放っておくことが出来なかったのだ。
「私もかつては、あった。でも全てを失った。失う怖さを知った」
じっと。無感情な瞳で彼女はスコッチを見つめ続ける。スコッチは彼女の言葉を理解すると同時に、目を見開いた。
「だから、もう二度と作らないと決めた。だって、痛いのも辛いのも。私は嫌いだったから」
そういう彼女に、表情の変化はなくどこまでも無表情だった。けれど、その無感情な瞳のなかに、ほんの僅か。わずかに揺らいでいるものをスコッチは見つけた。
「さっきの言葉は聞かなかったことにする」
横を通り過ぎる彼女の腕を、気がついた時には掴み引き止めていた。
「なぜ報告しないんだ?」
彼女は答えない。
「さっきの言葉は組織への反逆、裏切りだと思われても仕方がない発言だ。"疑わしきは罰せよ"だろ」
「お前は優秀だ。疑わしいだけで排除すると組織のマイナスになると判断した」
「普通だったらそう考えるかもな。だが君は違う。君はそんなこと考えることはしない」
「………」
「なぁ……なんで、君のことを教えてくれたんだ?」
ずっと逸らされることのなかった瞳が、思案するように逸れ、僅かに下を向く。
「わからない。いいや、前には知っていたのかもしれない。それでも、今の私にはない想いがあった……気づいたら、口に出していたんだ」
「……!」
目の前の少女は、組織に全てを奪われた。かつてはあったはずの感情さえも認識できなほどに色濃く、その影は彼女の中に存在している。そんななか、気がついたら口に出していたという彼女自身もわかっていないけれど。それでも彼女の話してくれた。それは、組織の駒としてではなく、彼女自身が。こちらを無意識にでも信頼してくれているからなのではないか?
「………なら、なら俺がなってやる」
「……?」
目の前に出された彼女の微かな言葉を、はじき返す選択肢など。彼には存在しなかった。
「失うのが怖いといったな。だから作らないと。なら、俺が君の唯一になってやる」
下げていた頭をあげ、彼女がこちらを見つめてくる。その瞳は、確かに揺れていた。
「俺は、君を置いていったりしない。君を悲しませたりなんてしない。だから……俺に預けてくれ。君の全部を」



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生まれた時から組織にいた子。幼い時は感情があったが、組織の任務をこなしているうちになくなり、人形のようになる。
昔心を開いた相手が組織に消された。

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