少し縮まった距離


少しの騒動があったとはいっても、舳丸もすぐにいつも通りに戻ったので重以外はそれには触れずにいた。
そして全員が店の探索から戻り一息付けば、そろそろ出るかという話になる。

「じゃあ次は日用品買いに行こうか」
「……もう、あんなもんねぇよな?」
「もう大丈夫だよ。着せ替え人形にされるのは服ぐらいだもん」

疾風が警戒したように聞いてきたので、つい笑いながら答えてしまった。他の奴らも似たような表情をしていることから、随分とトラウマになってしまったようだ。
会計を済ませて店を出る。あれが凄かった。こんなものがあったと盛り上がっている。こうしてみると皆年相応に見えて何だか笑えてしまった。

「楓さん。何を笑っているのですか」
「いや?皆本当に14と20歳なんだなぁって」
「最初からそう言ってましたよ」
「皆大人びていたから、ちょっとその年に見えなかったんだよ」
「そう、ですか?」
「うん。舳丸も12歳には見えなかったよ。15歳とか、そのへん」
「それは…老けているということでしょうか?」
「違う違うよ。大人びているんだよ。身長は確かに小さいから言われればそう見えるけど、体格は海に生きる人だからかこの時代の人よりいいし、何よりも雰囲気かな」
「……ありがとうございます」
「舳丸もいい体しているよね。今度モデルになってよ」
「もでる?ですか?」
「えーと。絵とか彫刻の被写体になって欲しいんだ」
「わかりました。俺も楓さんがどんな絵を描かれるのか興味があります」

舳丸が近寄ってきて、どうしたのかと聞かれたので答えれば。自分のことでは少しだけ落ち込んだように言うので弁解をした。すると今度はほんの少しだけ目元を和らげながらお礼を言ってきた。あの会話から舳丸との距離が縮まったように思えるし、彼の表情がなんとなく分かってきて少しだけ嬉しく思う。

「あー!舳丸お前いつから桐生さんのことを名前で呼んでんだ?」
「さっきまでは名字だったよな?」

まあ二人で話していれば気がつくわけで、疾風と蜉蝣が聞いてきた。他の三人も言葉にはしないものの話をやめてこちらの答えを興味津々に待っている。
私は少し下にある舳丸を見れば、舳丸もまた私を見ていた。見つめ合うような形になり、二人同時に笑った。

「秘密だよ」
「秘密です」

舳丸はそっと微笑むだけだったが、二人だけの秘密ということで口に指を当て笑う。それに重は私の方にまとわりついて不機嫌そうに問いただし、舳丸は他の四人に捕まり問い詰められていた。

「あーもう!じゃあ重も名前で呼べばいい。ね?」
「本当!?」
「うん。名前ぐらいいいよ」
「楓ねーちゃん!」
「なあに?」

ずるいずるいとむくれていたので、ならば重も呼べばいいと言えば満面の笑みで名前を呼んできた。それに答えれば、えへへと笑う重。うん可愛い。

「舳丸〜。お前いつの間に桐生さんのこと名前で呼ぶようになったんだ〜?」
「疾風の兄貴。肩を組まないでください。重いです」
「疾風。舳丸が潰れるぞ。だが本当にいつの間にだ?」
「………ついさっきですよ。蜉蝣の兄貴」
「てぇとさっきお前が泣いていたのが関係しているのか!?」
「義丸の兄貴!なんでそこに食いつくんですか!」
「そりゃあお前が人前で泣くなんて珍しかったからなぁ……」
「………鬼蜘蛛丸の兄貴、別に泣いてませんよ」
「しっかしお前が会って間もない人、ましてや女人の前で泣くなんざ、本当に珍しいこともあるもんだな」
「……………」

舳丸は答えない。自分でも珍しいと自覚しているからだ。それでも冷やかされるのは好きではない。自分でもらしくはないと自覚しているので、問い詰めてくる兄貴たちから顔を逸らした。
その先で見えたのは重とじゃれあっている楓。彼女は名前呼びに特に頓着はしていないようで、重にも促しそれを嬉しそうに重は呼んでいた。ニコニコと笑いながら自分の名前を呼ぶ重に、楓もまた笑いかけていた。
どうしてか。とても微笑ましい光景のはずなのに、どうしてだかとても腹が立った。

「そんなに言うのであれば、兄貴たちも名前で呼んだらどうです」

出てきた言葉はなんだか拗ねた子供のようで、言ってからバツが悪く顔を逸らした。顔には出ていないはずだが、さすがに兄貴たちのことを誤魔化すことは出来なくて兄貴たちは目を瞬かせた。

「なんだ。お前にしては本当に珍しいな」

本当に自分はどうしたというのか。楓さんのことを考えると胸の内にモヤモヤとしたものが広がる。まだ気を許しきってはいない兄貴たちと楓さんが仲良くしてくれたら嬉しいのに、俺よりは仲良くして欲しくないように思ってしまう。

「舳丸。お前さては母親を取られたようで嫌なんだろう」

疾風の兄貴のからかい混じりの声に、思わず勢いよく顔を上げてしまう。すると微笑ましいものを見るような笑みかからかいを含んだ笑みかのどちらかをしている兄貴たちがいた。

「なんだ!重に続いてお前まで懐いたか!」
「あの人凄いな……」
「っ……そんなつもりはありません!」
「照れるな照れるな!しっかし。本当にあの人が母だったら苦労しそうだろうな」
「ああ、昼も結局あまり食わなかったしな。本当に倒れそうだ」

いいからかいのネタが見つかったと言わんばかりに兄貴たちに言われ、何とか反論してもそんなものどこ吹く風だ。これは何を言っても逆効果だと考え黙りこめば、兄貴たちは楓さんの食事に話題が移った。確かにあの人は朝に宣言したとおりあまり食べず、昼も"ぽてと"というものしか食べていなかった。

母親が取られたように感じる。兄貴たちに言われた時は確かに驚いてしまったが、これはそれとは違う気持ちのように感じる。

重とじゃれあっていた楓さんと離れてしまい、立ち止まって俺達を呼んだ楓さん。微笑みながら待ってくれているあの人に、やっぱり兄貴たちともっと仲良くなってほしいと改めて思った。

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