一緒にご飯を食べましょう


今日の朝ごはんはパンと目玉焼きとサラダ。後は簡単に作ったスープだ。
彼らには和食の方がいいのだろうけど、あいにく今から作り始めていたら時間がかかるしめんどくさい。ここは洋食で我慢してもらおう。
蜉蝣には、サラダの盛り付けや食器の配膳などを手伝ってもらった。コンロを見て驚いて、水道を見て驚いて。その度に威嚇するから宥めるのが大変だった。

出来上がったものを机に並べれば、ちょうどよく他の連中も顔を出す。
使っていなかった椅子を何個か出したが、重が微妙に届いていないのでクッションをしいた。後で専用の椅子でも作ろう。
全員最初どうやって座るかよく分かっていないようだったが、ソファーと同じだとすぐに理解してそれぞれ座る。蜉蝣と疾風が隣。その向かい側に鬼蜘蛛丸と義丸。鬼蜘蛛丸と疾風の隣でお誕生日席が舳丸。舳丸と鬼蜘蛛丸の間に重を座らせ、私は舳丸の向かい側のお誕生日席に座った。やはり椅子は慣れないのかソワソワとしているが、座敷なんてないのでそこは我慢してもらおう。

「あの……」
「ん?」

こいつらの飲み物どうしよう。お茶とかの方がいいのだろうけどそんなものない。ということで麦茶で我慢してもらい、私は自分用にいれたコーヒー片手に席につく。
その時、鬼蜘蛛丸におずおずと声をかけられ見てみれば、全員がじっと黙り込んで私を凝視していた。

「桐生さんの食事は?」

不安そうな申し訳なさそうな顔でそう言われて、やっと理解した。つまりこいつらは自分たちが来たせいで私の分がなくなったと考えたわけだ。

「朝は食べないんだ。気にせず君達は食べなさい」

言うだけ言ってコーヒーを飲む。手元に持ってきた資料を読むことに集中したが、バンっ!と机を叩く音にビックリしてそちらを見れば、険しい顔をした鬼蜘蛛丸がいた。

「駄目ですよ!食事は生きる上での基本!朝を抜いてその日一日やっていけません!!三食きっちり食べる!だから桐生さんはそんなに細いんですよ!!せめて少しは食べなさい!!」

口答えを許さない気迫で叫んだ鬼蜘蛛丸。その変わりように驚くが、ハッと我に返ったような鬼蜘蛛丸が慌てて席に座って謝る。

「あ、あー……うん、ごめんね。君が謝る必要は無いよ。何も間違ったことを言ったわけじゃない。確かに君の言う通りだ」

泣きそうな顔で膝を掴んで俯いていたから、なんとなくその表情の意味がわかってため息をはく。まあこんな子供に注意されるような生活している私が悪いんだけどね。

「別にこのぐらいのことで怒ったりしないし、君たちを追い出したりしない。変に遠慮された方が過ごしにくい。だから君達も遠慮なく言いたいことはいってよ」

この事で私の機嫌を損ね追い出されるとでも思ったのだろう。私の言葉に驚いたように目を見開き固まる鬼蜘蛛丸。他の連中も少しだけ気まずそうに目をそらした。うん。変に気を使っているのをわかっていないとでも思ったのかな。

「な、ならおれ!姉ちゃんといっしょにごはん食べたい!」

やっぱりこういう時一番に声を上げるのは、一番小さくて一番自分に正直になれる年頃の重だった。
少しだけ震えた声は聞こえなかったふりをして、椅子から飛び降りた重がこちらに来るのを黙って見ている。

「みんなで食べた飯がうまいってアニキたちもいってるしおれもそう思う!」

資料を持っている方の手を引っ張った力に逆らわず、椅子から立ち上がると重に誘導されるまま台所へ。

「これ、食べれる?」
「多いなー」
「これは?」
「それもちょっと多いなー」

残っていたサラダを指さして食べられるか聞く重。本当に朝は食べていないので、食欲がなく無理だと首をふる。すると今度はパンを指さしたのでそれも無理だと首を振った。

「むー……姉ちゃんしょーしょく!」
「おお。難しい言葉を知っているんだな」
「まあね!……じゃない!」

重ぐらいの子が【少食】なんて言葉を知っているんだと知らなかったので、純粋に褒めたのだが重は照れた次の瞬間には怒ってしまった。

「分かった分かった。じゃあ今日はこれだけ食べるから」
「姉ちゃん、ぐないよ」
「具はいらないかなぁ」

残っていたスープから汁だけ器に移せば、覗き込んだ重が素直にいう。それに軽く笑いながら答えれば、少し不満そうだが納得したのか素直に机に戻るのについてきた。

「おにぐもまるのアニキ!姉ちゃんもいっしょに食べるよ!」
「あ、ああ」
「私は本当に朝は食べないんだ。そのせいで食欲もない。だからこれくらいで勘弁してくれ」

苦笑いで汁だけのスープが入った器を見せれば、鬼蜘蛛丸はまだ少しだけぎこちなかったけれど、それでも笑って答えてくれた。

「徐々に量を増やしていけば問題ないですよ」
「うーん。仕事が終わったあとの朝は出来るだけ寝ていたいからなぁ」
「昼と夜はちゃんと食ってんのか?」
「んー。仕事の真っ最中だったりするとのめり込んじゃうから食べないことが多いかなぁ」
「おいおい。そんじゃ倒れちまうだろ」
「大丈夫。そういう時は知り合いが食べさせに来るから」

ちゃっかり蜉蝣と疾風も会話に加わっていた。けれど義丸と鬼蜘蛛丸と舳丸はまだ少し気まずそう。というか舳丸なんて最初以降まったく話していないぞ。
それについては何も言わず返事をすれば、私の答えを不満に思ったのか全員が眉をしかめてしまった。

「そりゃもう倒れる一歩手前だからだろうが!」
「桐生さん、ほんっとに一度も倒れたことがないんですか?」

さっきまでは気まずそうにしていたはずの義丸にさえ詰め寄られ、目が泳ぐ。なぜこんなにも尋問じみているんだ。しかも皆顔が怖い。

「え、あー……まあ入院沙汰にはなってないし」

ゴニョゴニョと言えばさらに凶悪ヅラになった。うん。確かに私が悪いんだけどさ、なんでこんなに問い詰められる形なんだ。

「お前なぁ〜!」

一番近くにいた蜉蝣がその凶悪ヅラのまま腕を伸ばしてきた。多分頭を鷲掴むとかをしようとしたのだろう。でも、その時私の脳裏には蜉蝣の表情と迫り来る腕に昨日のことがフラッシュバックする。

暗闇の中にいきなり引きずり込まれ、射抜かれる鋭い目。向けられたのは、人間など簡単に切り裂けるだろう刃物。
無意識のうちに体が強ばり少しだけ後ろに引く。ガタッとなった椅子の音が嫌に響いた。

「………あ、」

対応を間違えたと気がついたのはすぐだった。蜉蝣など手を伸ばした体勢のまま固まり、全員顔を歪めていた。

「あー……いや、これは無意識というものでね。別に君達を拒絶した訳では無いんだよ」

言い訳じみたものを言っても、この場の雰囲気は変わらない。重苦しい空気をなんとか変えようと言葉を紡ぐが、なんだか空回りしてならなかった。

「……すまなかった」
「いや。いやいやいや。だから君達を拒絶したわけじゃない。ただあれから日も置いていないから少し怯えただけで」
「それでも、怯えさせたことは事実だ」

まあそうなんだけど。
すぐに出ていくと言いそうな雰囲気で謝罪する蜉蝣に、どうしたものかとコーヒーを飲んだ。
事実昨夜のことは特に気にしていないのだ。彼らにとっては危機的状況だったし、あの行動をとっても仕方がなかった。結果的に害を及ばされたわけでもないので本当に気にしていないのだが、それと無意識の行動は関係なかったようだ。むしろ、無意識だからこそ根底のものが出てきてしまった。いくら口でも頭でも気にしていなくとも、あの恐怖が根底にはあったのだろう。いやだって仕方ない。海賊の殺気を凶器付きで浴びたんだ。

「確かに私が君達、正確には蜉蝣に恐怖を覚えたのは事実だよ。だけどそれはもう過去のものだし、実際に害を及ばされたならともかく君達の行動はあの状況じゃ当然のものだ。私が恐怖したのは最初の蜉蝣であって今現在の蜉蝣に怯えていないし、一度口にした事実を私は覆したりしない」

面倒になったので思ったことを素直に口にすることにした。最後の一言で、私が彼らを追い出すことはしないと信じてもらえたのか僅かに空気が緩む。

「いや、だが……」

それでもまだ言い募ろうとする蜉蝣に頭のどこかで何かが切れた音がした。

「うるっさい!本人がいいって言っているんだからギャーギャー騒ぐな!」

面倒になって机を叩きながらそういう。スッキリした気持ちでまたコーヒーを飲めば、周りの無反応さに自分がやらかしたことをまたもや自覚する。
チラリと見てみれば、全員が目を見開きこちらを凝視しているではないか。

「姉ちゃんアニキたちみたい!」

重の呑気な声が響く。
自分の口の悪さは自覚しているが、それは普段はない。ただ苛立ったり面倒になったり砕けた相手だと口が悪くなるのだ。
こんな年下の子供たち相手にその姿を見せたことに情けなく思い、顔を片手で隠して項垂れる。
けれどこの事で完全に空気が緩まり、疾風や義丸などは笑いかけている。それを睨みつければすぐに真顔になるが肩は震えていた。

「いつまで笑っているんだ!」
「いや、…っ!」
「だってよぉ……!蜉蝣が女に怒鳴られているなんて初めてなんだぜ!?」

なるほど。私の変化もあるが、一番は蜉蝣が女に怒鳴られたという事実が笑いを誘うのか。
納得して蜉蝣に殴られている二人を見る。

「姉ちゃん。いっしょに食べてもいい?」
「ん?別にいいがどういう意味だ?」

その時、舳丸の横に戻ったはずの重が足元に来て言う。既に一緒に食べるためにスープをよそったのだが、さらに一緒に食べるとはどういう意味なのかと首をかしげたが、肯定の返事に重は笑って膝に乗ってきた。
それに驚いたのは私だけじゃなかった。

「おい重」
「へへへー。姉ちゃんといっしょ!」

舳丸が窘めるように名前を呼んでも、重は笑って振り向きながら笑顔で言う。なるほど。一緒とはこういう意味なのか。

「別に大丈夫だよ。舳丸、悪いけど重の食事こっちに渡してもらってもいい?」
「はい…」
「重。桐生さんに迷惑かけんなよ」
「かけないよ!」

舳丸から鬼蜘蛛丸へ、そして義丸と渡ってきた重の分の食事。それを目の前に配置すると、義丸が重に言う。

「よーし。それじゃあ食べようか。朝ごはんが冷めてしまう」

このままじゃ当分収まらないと判断して声をかければ、すぐにじゃれあいを終わらせる。

「そんじゃ、いただきます」
「「「「「「いただきます(!)」」」」」」

朝にこの挨拶をするのなんて久しぶりだし、むしろこの家に自分以外が食事しているのすら何年ぶりか。私が倒れた時にくる知り合いは仕事上のものだし、作るだけ作って私が食べたのを確認したら帰ってしまう。

フォークとスプーンはやはり慣れないのか、箸を用意しておいて正解だった。口の端を汚したりこぼしかける重の世話をしながら、私もスープとコーヒーを飲む。というか間に誰かいると作業しにくいな。唐突に動くから腕が当たって零れかけるし。

「姉ちゃん!ありがとう!」

まあ、いいか。
振り向き笑って言った重に、そう思ってしまう。私が子供好きだと初めて知った。

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