子供っていつの間にか懐いているよね

朝食を食べ終えれば片付けだ。しかし立ち上がろうとすれば重が邪魔をした。

「こら重。立ち上がるからどきなさい」
「やだ!」
「なんでだ?」
「姉ちゃんの膝気持ちいい」
「……なんでこんなに懐かれてんだ?」

あまり関わっていないはずなのにさっきから懐いてくる重に、どうしてこんなに懐かれているのか分からず首を傾げる。こうして立てないでいると各々が食器ごとにまとめてくれていた。

「重。あまり桐生さんを困らせるな」
「やー!」
「すみません。満足すれば退くと思いますので…」
「だけどこのままじゃ片付けがなぁ」
「私がやります」

申し訳なさそうに鬼蜘蛛丸が言うが、まだよく分からないこいつらに片付けをやらせるのも酷だろうと言う。すると驚くことに舳丸が名乗り出た。
最初からまったく話さず、口を開いても会話はしなかった舳丸に驚いたが、その他には食器があり片付けをやってくれるとなんとか理解する。

「え、あ、ああ。だけどやり方がよく分からないでしょ?」
「用意する時見ていたから俺が分かるぞ」
「蜉蝣の兄貴。教えてください」
「おう。桐生さんはそのまま重の相手頼む」
「えー……」

確かに用意する時に水道を使って、その時色々教えた。だけど覚えるの早すぎだろ。
だけど膝の上の重は退かないし、二人は食器を持って行ってしまうのでまあ多分大丈夫だろうと完結させた。
残りの鬼蜘蛛丸と義丸と疾風は座ったままこちらを見ている。

「しっかし。重は桐生さんに懐いたなー」
「特に懐かれるようなことはしていないし、そんなに時間たってないのなぁ…?」

疾風に返事をしながらムニムニと重の頬を挟んで遊ぶ。やばいな、癖になりそうだ。柔らかすぎ。
しかし重も楽しそうにこちらに手を伸ばし、お返しのように私の頬を両手で挟んでムニムニと揉んできた。なんだこいつ可愛いな。

「姉ちゃん優しいからすき!」
「お?ありがとなー」
「あとねー。姉ちゃんといるとほっとする!」
「ホッと?安心するってことか?」
「ん!」
「そうかー」

よく分からんが安心するから近くにいたいのか?まあ6歳の子供が知り合いと一緒だからって知らない土地にいきなり来たんだ。そう思える存在に引っ付くのは当たり前かな。

「よーし。それじゃあ少しゆっくりしたら買い物に行こうか」
「買い物、ですか?」
「うん。いつまでもその格好だと目立つし、生活用品も買わなきゃない。後は、私の手が離せない時に買い物とか行ってもらうこともあるかもしれないからそのためにね」

彼らに出した食事はほとんどお皿だったので問題はなかったが、箸は割り箸だしそもそもこの家にお椀やらお箸やらが余分にない。しかも熱中すれば周りを見なくなる性格だ。私が手が離せない時に彼らのことは彼らでやってもらわなくてはならない。その為には一緒に買い物に行きやり方やお金の単位などを全て覚えてもらうしかないのだ。

「桐生さん。洗ったものはどこに置けばいいですか?」
「え、もう終わったの?何かわからないことなかった?」
「大丈夫です」
「わぁありがとう。食器は棚に同じなのあるから適当に入れといてもらっていい?手前に引けば開くから」
「はい」

ニョキっとリビングと台所を隔てた暖簾から現れた舳丸が言った言葉に、慣れていないのにさすがに早すぎないかとは思ったが、本当に終わったみたいだ。だが未だに重が退く気配がないので食器棚に入れるところまでお願いすれば舳丸は頷き暖簾の方にさっさと消えた。
少しだけいなくなった方を見てから、疾風たちの方を見る。

「やっぱ舳丸には嫌がられてるのかな」
「舳丸に?なんでですかい?」
「いやぁ。舳丸は12歳なんでしょ?思春期の真っ最中じゃない。そんな中こんな知らない所に来て知らない女の所に厄介になるんだ。嫌がるんじゃない?」

そう言えば疾風たちは顔を見合わせ首を傾げる。

「いや?見る限りそんな風には見えないぞ」
「舳丸は元々あまり口数が多い方ではないですから」
「初めて会った相手に対してなら、もっと敵意を抱いているもんですよ」
「そうかな?」
「みよしまるのアニキはいつもあんな感じだよ?」

けれど全員に否定されてしまったのだから、多分嫌がられてはいないのだろう。万が一嫌だったとしても、この状況では反対はできない。だから不満を押し殺しているのかと思ったが、彼らがそういうならあれが普通なのか。

「桐生さん。終わったぞ」
「おお。二人ともありがとね」
「重はまだ退かねぇのか?」
「なんか懐かれちゃって」

蜉蝣と舳丸が戻ってくると、未だに退く気配のない重を見て呆れたように言う蜉蝣。舳丸の方を見れば少し頭を下げられた。
二人はさっきまだ座っていた場所に座り、こちらを見る。

「さっき話してたんだけど、少しゆっくりしたら買い物に行こうかと思っているんだ」
「いいのか……?」
「ああ。彼らには先に言ったけど、私が手が離せない時に買い物とか行ってもらうことになる。その為には外に慣れてもらいお金とか買い方とかを覚えてもらわないといけないからね」
「なるほど」
「あ、でも。俺達の格好だと目立ちませんか?」

鬼蜘蛛丸がもっともなことを言う。今の彼らの格好は着物で、確かにそんな格好で歩いたら目立ってしょうがないだろう。しかしその対策は既に考えているので心配ないという意味を込めて頷く。

「大丈夫。確か男物の洋服が奥にしまってあったはず」
「いや、なんでそんなものがあるんですか」
「仕事仲間が作ったものなんだけど、展示用でもういらないからと押し付けてきた物なんだ」
「?仕事仲間というと…桐生さんは一体なんのお仕事を?」
「あれ?教えてなかったっけ?」

既に教えたものだと思っていたので聞いてみると、一様に横に振られる首。

「えーと。美術系の仕事をしているんだよ。絵を描いたり物作ったり。専門は彫刻だからそっちが多いかなぁ」

その椅子も練習で作ったものだと言えば驚かれた。

「え!凄いじゃないですか!」
「そうでもないよ。ここ二三年でようやく固定客も結構ついて収入が安定してきたし」
「そんなことないですよ!手に職で生活できるって一握りですし、凄いです!」

まあ世界にはもっとすごい人もいるのだが、実は駆け出しの頃ある大きな大会で賞をもらったことがある。それからそこそこの収入はあるが、不定期だったし全体が安定したのは本当に二三年の間なのだ。
絵や物を作るとはいっても、本格的に勉強したわけではなく趣味の域なので、積極的に売り物にはしていない。それを気に入った人に売っているだけだ。だから仕事はもっぱら彫刻。

「まあそんなわけで、仕事つながりで男物があるから好きなのを選びなよ」
「ありがたい」
「おれのは!?おれのもある!?」
「重サイズかー。子供用のはあったかな?まあなかったら急拵えだけど私が作るよ」
「ほんとうに!?」
「うん。まあ今回の買い物さえ乗り切れればいいだけだからね」
「なんだー……」

私が作ると言えば喜んだ重だったが、そもそも急拵えだし今回の買い物さえ乗り切れれば問題ない。全部作る気はないということを暗に伝えれば、目に見えて落ち込んだ。

「よーし。それじゃあ洋服で手間取るだろうからそろそろ行動するよ。重、退け」
「えー……分かった」

渋りながらも、今度は退いてくれる重。降りたら舳丸の方によっていった。

「よし。こっちだよー」

ついてくるように言えばゾロゾロと後ろに並ぶ彼ら。まるで雛鳥と親鳥みたいで少し笑ってしまった。
さて、荷物は2階の物置に全部仕舞いこんでいたはずだ。

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