買い物には騒動がつきもの


家を一歩出れば彼らは目を輝かせたり見開き驚いたり怯えたり。まあ想像通りの反応だった。

「桐生さん!あれは一体なんですか!?」
「信号機だね。あれが赤になってたら渡っちゃダメだよ」
「あれはなんだ?」
「車。さっき言った鉄の塊だね。当たったら死ぬから近くを通る時は気をつけてね」

見るもの全てを指差し聞いてくる。それに一々答えるが、正直詳しいことはよく分からないので簡単な説明しかできない。それでも彼らは頷き、さらに他のことを聞いてくる。その姿に、今度自動車や交通なんかの事典でも買ってみるかと思った。

「とーちゃく!ここがショッピングモールだ。大体のものは揃うよ」
「……でっけぇ」
「桐生さん。人が沢山いますが何か催し事でもあるんですか?」
「違うよ。いつもこんな感じ」

近場にある大型ショッピングモールにつけば、全員が口をあんぐりと開け呆然とした。鬼蜘蛛丸が聞いてきたことに少し笑いながら答えれば、まだ放心している彼らを置いて先に進む。するとすぐに我に返った彼らが、置いてかれまいと追いかけてきた。

「じゃあ最初に言ったとおりまず靴屋に行くよ。離れないように気をつけてね」
「あっ!」
「待ってください!」

靴屋は1階にあったので近いが、まあ彼らは顔が整っている。だからなのか主に女性の目が多い。声をかけられることはないが、早めに行動することにこしたことはない。
お店につけば、様々な種類に彼らはまた驚く。

「ここで靴を買うよ。実際に履いてみたりして気に入ったものを持ってきて」
「え、え?」
「うーん。とりあえずいいなぁって思ったものを持ってきてよ」

戸惑ってはいたが、そういえばそれぞれあまり遠くには行かないものの靴を見に行った。

「桐生さん。この草履はなんですか?足を覆っちまってますが」
「それはスニーカーだよ。サンダルとか以外は大抵足を覆ってしまうね」
「なーんかムズムズすんな」
「スニーカーにするのなら靴下をはかなきゃ」
「さらになんか履くのか!?」
「あ、そうか。君達は普段裸足だから嫌なのかな?」
「あ、ああ。まあそうだな」

靴には大抵靴下を履くのだと伝えれば、眉をひそめて答える。まあ普段はずっと裸足で一度も靴を履いたことのないという人からすれば、それはきっと窮屈なのだろう。

「じゃあサンダルにする?無理に靴にしなくても大丈夫だよ」
「いいのか……」
「うん。別に式典とかちゃんとした場に出るわけじゃないんだ。そんなに気にしなくても大丈夫」

そういえば目に見えてホッとする彼ら。わらわらとサンダル売り場に全員が足を向け、重に手を引かれ私もそちらに向かう。
よく分からないように見ていたが、まあ気に入った形や色が見つかったのかそれを手に取って寄ってきた。後は店員に大体のサイズを持ってきてもらい、合ったものを購入。サンダルはそのまま履いてもらった。

「よし。じゃあ次は服に行こうか」
「これじゃ駄目なのか?」
「一着しかないでしょ。それに今着ているのはあり合わせのものだし」
「でもお金が……」
「大丈夫大丈夫。子供がそんなことを気にするもんじゃないよ」

疾風が不思議そうに今着ているのは服をつまんでいうが、あいにくそれだけを着続けさせるつもりはない。そのことに鬼蜘蛛丸が申し訳なさそうに言ったが、笑いながら言えばまだ何か言いたそうにしながらも黙り込んだ。

さて、服屋は2階。そこまで騒動がないまま行けばいいが、現実は勿論そう簡単にはいかなかった。

「………おい、重はどこいった」
「え、重なら今俺と一緒に手を繋いで__いない!?」
「なんだと!?」

今日が休日ということもあってショッピングモール内は人が多かった。だから人に埋もれるように歩いていたのだが、なんとかスペースの空いている所に出れば重の姿が見当たらない。それを言えばさっきまで手を繋いでいたはずの鬼蜘蛛丸が繋いであったはずの右手を見て、いないことに気がついた。

「__ニキ〜!」
「!いた!」
「なに!どこだ!?」
「私が連れてくるから、君たちはここで待っていて」
「俺達も行きます!」
「人が多すぎて固まっていると動きにくいし、慣れていない君達より私の方がやりやすい。第一、君達離れたらここに戻ってこれないでしょうが」

わずかに呼ぶ声が聞こえ、そちらを見れば人混みに流されていく重の姿がかろうじて見えた。早く行かないと見失ってしまうと行こうとすれば、自分たちもと声を上げる。しかしそれを制止し理由も簡潔に説明すれば、反論できないのか押し黙った。

「ちゃんと連れてくるから!ここで大人しく待っていること!」

まるで子供に言い聞かせるみたいだが、実際年下で子供なのだからいいだろう。
言い切って返事も待たずに、今なお人に流されていっている重の元に走っていった。


***

「重!」
「っ!姉ちゃん!!」

予想以上に人の波が早く、やっと捕まえた時は最初の場所から結構離れてしまった。それでも名前を呼べば重は泣きそうな顔で飛びついてくる。

「大丈夫だった?」
「っ……!」
「あー、泣くな泣くな」
「泣いて、ない……!」

6歳の子供が見知らぬ土地どころではない、見知らぬ世界で一人っきりになってしまったのだ。不安で押しつぶされそうだったのだろう。抱きつくやいなや顔を私の胸に押し付けて肩を震わせていた。背中を撫でながら宥めれば、なんとか落ち着かせられた。

「大丈夫?」
「う、ん……!」
「よーしよし。じゃあすぐにあいつらの所に戻ろうな」
「あにきぃ……」

少し重いが、持てないほどじゃないと重を抱っこして来た道を戻る。重は私の肩に頭を置き、手はしっかりと服を握っていた。


***

人をかき分けなんとか最初の場所に戻ってくると、そこには人だかりが出来ていた。

「うわぁ……」
「女の人いっぱい」

驚きと感嘆で声が漏れれば、重が素直に現状を口にする。その言葉どおり、人だかりは全員女性だった。そしてその中心にいるのは、よく見知った顔ぶれだった。

「アニキたちあの中?」
「みたいだねぇ……いやぁ。顔が整っているとは思ってたけど、ここまでとは思わなかったわ」

重を回収するのに少し時間がかかったとはいっても、離れていた時間はそれほど長くないはずだ。少なくとも、女性の人だかりができるほどは離れていないはず。なのにこれほどって。正直驚いた。
皆顔に傷があり強面だが、それを差し引いても男前だ。まあこうなるだろうなとは行きの視線でも思ったが、予想以上。

「重ー。あの子達今忙しそうだからあっちで待っている?」
「アニキたち忙しいの?」
「多分ね。女の人達が離してくれなさそうだし。あっちでアイスが売ってたよ。買ってあげる」
「あいす?」
「冷たくて美味しいよ」
「たのしみ!」

あの中に入っていく勇気などない。早々に見切りをつけて重に問いかければ、彼らのことを気にしながらも未知のことに目を輝かせた。
あの集団を見なかったことにして、重を抱いたまま先ほど歩いてきた道をまた戻ろうとする。が、痛いほどの視線が突き刺さり、背中を向けようにも向けられなかった。一つため息をつく。

「重。やっぱりアイスは後でみんなと食べよっか」
「うん!アニキたちといっしょの方がおれもいい!」

もう泣いていた名残などなく、花でも咲くような笑みで言った重。もう一度あの集団に目を向け、先程よりも大きく長くため息をつく。

「よーし。重、覚悟決めろよ」
「うん!」

群れになったり男が絡んだ女性は面倒だし怖いのだが、そんなこと知らない重は大好きな兄貴達と合流できると嬉しそうだ。
少し痺れてきた腕でしっかりと重を抱え直し、女性ばかりの集団に足を向けた。

「ねえ、暇なら私たちと一緒に行かない?」
「連れがいる」
「その人も一緒でもいいからさ!」
「女と餓鬼だが」
「でもでも。その人たちより私たちの方が楽しいって!」
「あー…悪いが、他をあたってくれ」
「そんなこと言わずにぃ」
「あんたらを相手にしている暇はねぇんだよ」
「ね!ちょっとだけでいいから!」
「………」

女の人をかき分けて近づけば近づくほどに鮮明に聞こえてくる会話。彼らは一切取り合わないが、女達は同じようなことを繰り返し言って諦める様子はない。
蜉蝣と疾風は淡々と目も合わせず、鬼蜘蛛丸はすまなそうに、義丸は敵意を出しかけ、舳丸など目も合わせず口さえ開かない。こんな相手でよくめげずにいられるなぁ逆に感心した。

「ねえ」

近づいていけば気がついたのか、彼らはこちらに目を向ける。その目は"助かった"と雄弁に語っていた。しかし女達の方はそんな彼らの変化に気が付かないのか。はたまた些細なことは眼中にないのか話しかけ続ける。
それでも、声をかければいっせいにこちらを向いて同時に敵意を向けてきた。

「彼ら、私の連れなんだけど」
「はぁ?おばさんは引っ込んでてよ」
「そうよ!この人たちは今から私たちと遊びに行くの!」
「彼らはそんなこと一言も言っていなかったように見えるけど?」
「黙っててよ!」
「関係ないでしょ!」

逆ナンするほど肉食系の女子ってやっぱり怖いなぁー。
そんなことを思っていたが、このままだと時間の無駄だし、今日はまだまだ揃えるものがあるんだ。ここで時間を食っている暇はない。

「オバサンって言うけど、私はまだ28だし彼らは私の連れだ。関係がないのは君たちの方だよ」
「なんですって!」
「悪いけど、まだ買い物の途中なんだ。退いてくれない?」

いくら言っても聞かない。だけど本当にいい加減にしないと、彼女達の後ろにいる彼らから苛立ちと怒気が強まっていくのを感じた。

「相手にもされたいなかったのに噛み付くのだけは一丁前か。もう少し分別をつけて出直しなよ」

まだ何か言おうとしてくる彼女達。しかし少し強く言えば、怯み逃げるように去っていった。

「君達ねぇ……追い払ってもいいのに。なんでまたあんな付き合ってたのよ」
「だがあんま騒ぎになるのは駄目だろ?」
「まあそうなんだけどね。私があそこで話を切らなきゃ、君達キレてただろうし」

ため息混じりにいえば、彼らは笑うだけだった。

「アニキー!」
「重!」
「無事だったか!」

腕の中にいた重が呼べば、駆け寄ってきて取り囲む。私に抱き抱えられている重に笑いながらちょっかいをかけていた。

「まったく……さっさと買うもの買って帰ろう。このままじゃ日が暮れちゃう」
「おう」
「重。今度ははぐれるなよ」
「うん!」

私から降りた重はニコニコ笑いながら舳丸と手を繋いだ。今日何度目かのため息をついて、また女性に絡まれないうちに歩き出した。

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