現在現実把握中(3)

診断結果は記憶障害。

面会謝絶が解除されて4日目の昼頃。美空と、見舞いに来ていた彼等には事故のショックで記憶の混乱が生じたという医者の見解が伝えられた。更に美空には、両親も今回とは違う交通事故で亡くなっていることも教えられる。

(普通混乱している患者に、そんなこと言わないよな…)

ショックを与えて、記憶を呼び起こそうとしたのだろうか。
意味のないことだ。ただ”向こう”の世界の両親と同じ死因と分かっただけ。

「そう、ですか」
「美空ちゃん…」
「…」

彼等もかわいそうに。
彼等の知っている白星美空を。
私は。

「すみません。"皆さんの白星美空さん"を奪ってしまって」
「!?」
「なんとか返せるように、努力しますね」

絶句する周囲を第三者目線でしか見れない私。
ぼんやり眺めていると、今まで一言も喋らなかった少年が口を開いた。

「美空、お姉ちゃん…」
「ごめんなさい。友永勇太くん。私は"その"美空お姉ちゃんじゃないよ」
「…っ」

短パンを握りしめる彼。
しかしパッと顔を上げ、言い放った。

「じゃあ!もう一回お姉さんが、ボクの友達になってよ!」
「ゆ、勇太…!?」
「勇ちゃん!何言ってるんだい!?」

一生懸命だなぁ。

(どうやっても)

「私は…」

きっと君の気持ちを踏みにじることしか出来ないのに。

「無理だ」
「う、うぅっ…」

此方を見つめる彼は泣きそうだ。どうすればいい。
好きだから傷つけたくないのに。
とりあえず泣きそうな彼の頭を、髪を撫でる。
ごめんね。諦めて?
そんな気持ちを込めて。

「えへへ…!」
「?」
「美空さん…」
「はい?」

周りが嬉しそうだ。
なんだなんだ?

「記憶が無くても空ちゃんは空ちゃんね〜!!」
「へ?」

(どういうこと?)

「美空、お姉さんって…呼んでいい?」
「え、まぁ……いいですよ?」

呼びやすいなら。
そう言えば飛びついてきた友永勇太くん。そしてその姉達。
何なんだ。意味がわからない。

「これからよろしくね!美空お姉さん!」
「分からないことがあったら聞いてくださいね?」
「空ちゃんとはご近所さんだからね!どんどん頼ってちょうだい!」

みんな気を使ってくれるのはいいが、

「皆さん、他の患者さんも居ますから…声のボリュームを下げて」
「「「「あ…」」」」

苦笑する担当医に注意された。
そして、疑問点が一つ。

「先生」
「はい」
「今日は何曜日ですか?」
「火曜日です」
「え、皆さん…学校や、それに家事は?」

サボリはまずい。

「大丈夫ですわ、美空ちゃん」
「今は夏休みなんだよ!」
「と言っても、後3週間でまた学校が始まるけど…」
「学生は大変ねぇ〜、おばさんは今日は特に用事も無いから大丈夫よ!心配してくれてありがとうね」
「いえ…こちらこそありがとうございます」

ぎこちないながらも会話が繋がり始めた頃、医者が提案する。

「白星さん。だいぶ事故の怪我も癒えてきたことですし…一度散歩がてら外に出てみてはどうでしょう?といっても、病院の敷地内ですが」
「あ、はい」
「美空お姉さん外に出れるんですか!」
「うん。外傷、怪我は治っているからね」
「やったあ!」
ベッドの横で飛び跳ねる友永勇太。
姉達にたしなめられると止めたが、期待したようにこちらを見つめてくる。

「…じーー」
「ふふっ…じゃあエスコートは友永、いや、勇太くんにお願いしようかな?」
「!」
「勇太くんって、呼んでもいい…?」
「うん!ボクが手引いてあげるね!」

嬉しそうに手を伸ばしてくれる勇太くんの小さな手を取ると、ベッドから降りる。

「じゃあ、行ってきます」
「「「行ってらっしゃい!」」」

ゆっくりと病室を出て、二人で外に向かう。

(なんか、犬の散歩みたいだ…)

そう思いながら。