甘さに吞まれる(5)
俺の心中で嫉妬と羨望が渦巻いているなんて、彼女は分かりゃしないだろう。「危ない目にあったら、キン肉マン達が悲しむだろうが」
「あ、はい」
「よし。戻るか」
「……やだ」
「え?」
「まだ、こうしてたい」
「──は?!」
話を理解していなかったのだろうか。ブロッケンJrは焦った。
「何言って」
「お願い……」
「おっ、おう…」
離れようとすれば泣きの入った声で懇願され、仕方なく彼は折れた。
外気で冷やされた細く白い腕が、酒で火照ったブロッケンJrの身体に触れる。アルコールの匂いと、沙希から香るシャンプーの甘い匂いが混ざるのを鼻先で感じ、
「も、もういいだろ?」
(これ以上はきつい…色々と─!)
「……うん」
「沙希?」
「じゅにあさん」
「どうした?具合でも」
「何か、安心しましゅ…大好き、じゅにあさん…」
「!?」
(お、落ち着け、酔っぱらいの戯れ言だ。友人としての好意を告げられただけだ。分かっている。他意はない!)
脳内のリングの上で理性と本能が殴り合いを始めた。
酒とは違う体の火照りを自覚し、彼は焦ったと同時に考えてしまった。(本当に──?)
彼女の柔らかい胸が、自分の胸板で潰れながらも存在を主張している。
ゴクリと生唾を飲み込む音を他人事のように認識しながら、ブロッケンJrは沙希に話しかけた。
「沙希…」
「うん」
「ば、バッファローマンの胸板はもっと広いぞ」
「う、ん?」
「俺よりそっちの方が安心するんじゃないか?キン肉マンも体格いいし?な?」
彼は揺らぐ理性に喝を入れ、なんとか彼女の柔らかい拘束を解こうとした。
先程男に引っ付くなと言っていたことと矛盾が生じるが、今の自分よりもそちらの方が良いのではと思ったからだ。
しかし、彼女は離れない。
「…沙希?」
「ブロッケンJrしゃんの代わりは、誰もいません」
「!」
「私はブロッケンJrしゃんが大好きでしゅ!じゅにあさんがいいんです!」
「わっ、デカイ声出すな!夜なんだぞ!?」
「ブロッケンJrしゃんが大大大好きです!イッヒ リーベ ディッヒ!」
「分かった!分かったから!!」大好き、愛してるとドイツ語を交えながら叫びだした沙希に、冷静でいられなくなったブロッケンJrは首まで真っ赤に染めながら叫んだ。
「夜中にうるさいぞ!」
「ラ、ラーメンマン」
「じゅにあさぁ〜ん…えへへ……」
「…」
「……なるほどな」
「違う!」
含みを持たせたラーメンマンからの目線と言葉に、沙希に抱きつかれたままの姿を見られたブロッケンJrは反射的に否定した。
「私はお邪魔虫だったようだ。退散しよう。馬に蹴られては敵わんからな」
「誤解だ!」
「じゅにあさん〜」
「うっ…」
上目遣いで見つめられ、たじろぐブロッケンJrに笑いを堪えながら、ラーメンマンは告げた。
「送り狼にならんように気をつけるんだな」
「なるかぁーーーー!!」
「…チューしたい」
「「え?」」
場の空気が固まる。
今、彼女は何と言った?
聞き間違いだ。そう決まっている。ブロッケンJrとアイコンタクトし、ラーメンマンは恐る恐る沙希に話し掛けた。
「えぇっと、今何と言ったのかね?」
「あのね、今日のイベントでね」
「あ、あぁ」
「じゅにあさんが、抱き上げたファンの女の人にチューされてて」
「ほほう…?」
「あ、あれは向こうがいきなり!」
「ずるいなぁって、いいなぁって思って」
「ふむ」
「私の方がじゅにあさん大好きなのに……」
しょんぼりしてしまった沙希。
何で好きだ何だと叫んでいたのか理由が分かったラーメンマンは、どうするのかとブロッケンJrの方を見た。
軍帽の鍔を下げている彼の顔は見れない。だが、耳まで赤に染まっていた。