天津風(1)
伊達家中親善試合から一夜明け。
試合と片倉小十郎の姉喜多からの説教による疲労は、池に落ちたため入った大浴場で汚れとともに落とすことは出来なかったようで。
陽が高く上り、女中や小十郎が起こしに来ても身じろぎ一つせず、里美は客人として宛がわれた部屋で今まで泥のように眠っていた。

「うぉおお!!」

そう、今まで。

「寝過ごしたーー!!」

意識が浮上し枕元に置いていた腕時計を見て、彼女はそう叫んだと同時に腹筋で勢いよく起きあがると焦ってそのまま庭へと繋がる障子を開けた。
部屋の位置は梵天丸が生活している離れからすぐの場所で、梵天丸と輝宗様の願いでこの場所になった。
庭の花が綺麗だと言った梵天丸と、今日は一緒に朝餉を食べる約束をしていたのだ。
しかし今はその目を喜ばせてくれる風景は一切入ってこず、代わりに。

「御客人!」
「どうか俺らにご教授、お願いします!!」
「…」

ムサい。
ぼんやりその光景を眺めて、無言で自分が開けた障子を閉めた。

「「「「「あぁっ!」」」」」

なんかいた。

(どうしよう、肌襦袢一枚だけじゃ外に出れないし…制服着るか。また喜多さんに『そんなに足を出して! 』って怒られそうだけど)

障子に触れたまま困る里美。
早く外に出ないと。

「トイレに行きたい…!」水門が決壊しそうになりながら外の様子を伺うが、あれだけ人がいて騒いでいたら女中達も近寄りがたいだろう。腕を組んで考えているとまた部屋の外が騒がしくなる。

「なにやってんだ」
「片倉様!いや、客人にご教授を願い出たんですが」
「良い返事貰えなくて…」
「そうか……里美殿は昨日の試合で疲れてらっしゃるから、気が進まねえんだろう。先程まで寝ていたからな」
「そうすっか!」
「いやぁだから障子開いた時肌着だったんすね」
「ぼんやりとした表情が昨日の試合とまた違って」
「「「「よかったよな〜」」」」
(おい、わざわざ今言わなくてもいいだろそれ)

悪口よりはいいけど、と障子一枚挟んで起きている会話に心の中で里美がツッコミしていると。

「だから里美殿が出てこれないんじゃねぇのか?」
「「「「あ!」」」」

納得、と手を打つ兵達。

「で、それをお前達に見られたと……」
「あ゛」

小鳥の囀りが聞こえるくらいの静寂の後、兵達は大声で里美に謝罪するとドタバタと走り去っていった。

「まったく……里美殿。とんだご無礼を」

部屋に向けてかけられた声に、返事は無い。

「──里美殿?」
「こじゅろーさん…」
「どうかされましたか?」
「こ…じゅっ」
「…里美?」

言わなきゃ。

「も」
「も?」
「漏れちゃう…っ」

もう女中が来るまで待てない。

「…!?失礼する!」

また勢いよく障子が開く。
目を見開いた小十郎と目が合う。

「外に人いたから、行けなくて…!」
「もう少しだけ我慢しろ!」
「…っ、‥!」

言い終わる前に部屋にあった着物を羽織らされ、ひょいと抱かれる。里美は返事する余裕もない。
必死に我慢し、結果。

「セーフ…あ、危なかったぁ」
「……」

なんとか用を足し終え、着物に着替えさせてもらった後、ぐったりうなだれる二人。

「すみませんでした。場所も分からないし、本当に助かりました」

返事が無い。

「小十郎さん?」
「…」

どうやら気分を害してしまったようだ。

「寝坊したり、今みたいにだったり。迷惑かけてごめんなさい。…梵天丸くんに会いに行きたいんですけど、案内してもらいますか?」

彼にも謝らないと。と話すが目の前の彼は梵天丸の名にも反応せず、目線すら寄越さない。

(もしかして具合悪いのかな?なのに走らせて…ああ本当にごめんなさい)

冷や汗をかきながら小十郎を見つめていると、先程運んでもらったとき自分が握りしめて皺になった着物の襟に気づいた。

「ごめんなさい、握ってたせいで襟が」

申し訳ない気持ちで襟に手を伸ばす。

バチン

「──!」
「……っ、すみません。声をかけたんですが」

やっとこっちを見て会話できたことを嬉しく思う反面、叩かれた手がひどく痛んだ気がした。

「もしかしてどこか具合が悪いんですか?走らせてすみません」
「いや、」
「……そうですか。遅れて来といてすみませんが梵天丸くんのところに案内してもらえますか?きっと待ちくたびれてますよ」

笑いながら手を下ろす。

「こじゅうろぉー!さとみ〜!」

離れの入り口から梵天丸が呼んでいる。

「待ってぇー!今行く!」

里美はうおおとふざけて叫びながら梵天丸に向かって走った。

(嫌われちゃった…?)
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