天津風(3)
「…ふう」

顔は強張っていなかっただろうか。
部屋から出て、言われた通り右に曲がると息を吐いた里美。手を払われてから失礼の無いように、自然にしていたつもりだったのだが。

「睨まれちゃった…」

やはりお殿様が認めても出自不明の不審者だから警戒されるし、不信感を持たれるのは仕方のないことだが。

「…やめよう」

あまり考えるとヘコむ。
気持ちを切り替えて里美は鍛練場鍛練場と呟きながら、右に曲がった道を歩き続けた。

その頃、史絵美が退出した室内では。

「小十郎」
「はい、梵天丸様」
「一体どうしたの?」
「…」

一拍、息が詰まる。

「おれのせい?」
「いいえ…俺のせいです。申し訳ありません」

朝の件を説明すると、梵天丸様は顔を俯かせてしまった。

「さとみ…きっと落ちこんでる。母上に、同じようにされた時……おれもそうだった」
「…っ!」

思い出したせいでお辛くなられ、膝にある手が握られる。

「ここはおれの生まれた場所だけど、居る場所でないんだと思ってた」
「それは…!」
「でも、父上や小十郎、喜多が側にいてくれる。だから今は、ちょっと平気」
「さようでございますか」
「けれどさとみは、一人だ」
「…」
「でもおれと友達になって、二人になったって言うんだ…」
孤独の寂しさも辛さも、知っている。
彼女が間者であってもなくても、別れは来てしまう。梵天丸様は悲しまれるだろう。
俺に、その悲しみを癒やすことは──。

「小十郎」
「はっ」

すぐさま意識を目の前の護るべき存在に戻す。

「俺は、殻に閉じこもってたんだ」
「……」
「それが悲しいのに、当たり前だった。でもさとみが言ったんだ」
「なんと、おっしゃったのですか?」

その言葉は、俺の胸を穿っていった。

「悲しいのが当たり前になることが、一番悲しいことなんだよ。って」
「!」
「慣れちゃったらいけないこともあるんだって」
「…」
「さとみは、悲しみを放置するなという意味で言ったんだと思う」

自分の国の民が悲しんでいたら、きっと父上も悲しむ。
そう続ける梵天丸様は、三日前とは違った。

「…小十郎」
「はっ」
「いつも、ありがとう」
「有り難きお言葉です」
「いつも隣にいてくれたから、一人の時に二人になってくれたから、気づけた」

嬉しそうに笑う梵天丸様がとても眩しくて、目に沁みた。

「さとみは命の恩人で、友達で。そして父上や母上、竺丸や小十郎。大切な人達がいることを、気づかせてくれた」
「…」
「小十郎」
「はい。なんでしょう、梵天丸様」
「手習いが終わったらお八つにしたい」
「はい。後ほど鍛練場から里美殿をお連れします」
「三人で食べるぞ!父上は軍議があるから、付き合え!」
「はい、必ず」
「さとみと仲直りしろよ」
「はい」

そう言い笑い合うと、俺と梵天丸様は手習いにせっせと励みだしたのだった。
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