天津風(7)

里美殿が正式に伊達の客人になった。

先日寺からの帰り道、忍に襲われた俺と梵天丸様。
梵天丸様を逃がしたはいいが隙を見て追っ手が梵天丸様の元へと向かう。
話を聞き、もしあの時里美殿がおらず俺が間に合っていなかったら…想像するだけで背筋が凍る。

最初に梵天丸様を抱えて走って来たときは珍妙な着物を身に纏い、怪しさに拍車がかかっていた。
だが倒れた時、梵天丸様の御身が宙に投げ出された。
それは自分が間に合いそうにない距離で。

「梵天丸様!」

己が叫んだ瞬間
ふわりと穏やかな風を感じた。
見えない糸で吊るされているかのようにぐらぐらと揺れながら、梵天丸様はゆっくりとこの小十郎の伸ばした手の中に収まった。お互いきょとんと見つめ合った後、首を傾げ女を見つめる。
女は激しく噎せていたが近寄ってきた此方を見ると。

「ゼェ、しょうっゼェ、ね、ん。は、ぁ…見つかってっ、ハァ、よ、よかった‥ね」

と笑いかけて意識を失った。

輝宗様が"白"と判断したが、怪しさは残り未だに疑うことに越したことは無い。
しかし間者ではないことは確かだ。
城主や武士に説教するわ尻を向けるわ家臣団に喧嘩売るわ。
なのに剣だこを知らない手のようだし試合中に笑顔で手を振る。

間者はあんな事しねぇ。
…まったく、破天荒な客だぜ。何を考えているのか分からねえ。

手で思い出す。
今日も朝から騒ぎを起こす里美殿。
急いで厠に連れて行き、待っている間にどうしてあんなにも騒ぎを起こせるのかぼんやりと考えているといきなり視界の隅から首に向かって伸びる手が。
驚き払い顔を上げると目を見開き固まっている里美殿で。

「っ…、すみません襟が。声をかけたんですが」

襟を見ると、確かに先程握られていた部分が皺に。
そして自分が考えに没頭し接近を許していたことに唖然とした。まさか忍なのかと考えたがすぐさま否定する。
里美殿の白魚のような手が払ったことによって赤くなっていて罪悪感が生まれる。
客人の手を叩くという無礼なことをしたにもかかわらず、反応がなかったため具合が悪いのかと心配される。
否定し謝罪をしようとすると、

「…そうですか。遅れて来といてすみませんが梵天丸くんのところに案内してもらえますか?きっと待ちくたびれてますよ」と言われ期を逸してしまった。
その後も室内の雰囲気が違うような気がし、里美殿に鍛練場への道を訊かれても答えられず。
梵天丸様にもご心配をかけてしまい、仲直りと三人で八つ時に茶菓子を食す約束をするため彼女を探し今に至る。
だがなかなか見つからない。

「どこ行きやがった…」

その呟きと表情を見た女中が膳を廊下でひっくり返したが、小十郎は気づくことはなかった。
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