天津風(8)
廊下を何度か曲がり鍛錬場にたどり着く。
「?」
妙に静かだ。
疑問に思いながら中に入ると皆呆けてやがる。
客人はまた何かやらかしたらしい。
「里美殿は来たか?」
「へっ?!…あぁ片倉様!はい来ました!」
また入れ違いになったようだ。
「そうか、邪魔したな」
「か、片倉様!」
立ち去ろうとすると声を掛けられる。
梵天丸様の小十郎、と名前呼びが耳に染み着いているせいか。若い奴らに名字で呼ばれるのが落ち着かねえ。
「小十郎でいい。どうした?」
「はっ、はい!」
「あの…客人の事なんですが…」
(やっぱり何かやらかしたな)
話を聞くと彼女は何も出来ないと自身を貶したようで。
「笑顔で自分は諦めないから弱くないだけと」
「諦めない…か」
「それだけでいいんすかね?」
ふと脳内に、梵天丸様をお世話することになった時の出来事が思い出される。
(出会った時はろくに会話も出来なかったな…懐かしい)
へこたれず、諦めず。
毎日部屋に通いつめ声を掛け続けた小十郎は梵天丸と今のような関係を築くことが出来たのだ。
「里美殿は大切なことを分かっている。『それだけ』ではない。『それすら』できないなら、何事も成し遂げることはできない。そう考えておっしゃったのだろう」
「おお!」
「そこまで考えていらっしゃったのか!」
「すげー!」
感嘆し、声を上げる若い衆。
「今後は何事にもそう心掛けろ…負けんじゃねえぞお前ら!!」
「「「「おぉぉっ!!」」」」
気合いを入れ直した鍛錬場の奴らはまた鍛錬を再開し、俺は里美殿を探しに廊下へと移動した。
出てすぐ、通りがかった女中に呼び止められる。
「片倉様」
「どうした」
「ご客人なら自室へとお戻りになりました」
「……よく分かったな」
「先程から何度も往復しているので、もしやと思いまして」
「あぁ、助かる」
「ありがとうございます。ですがご客人は顔色が優れなかったので、もしかしたら寝ていらっしゃるかも」
「そうか…梵天丸様が共にお八つ時を共にしたいとおっしゃっていたのだが…とにかく様子を見てくる」
情報をもたらした女中と別れ、里美殿にあてがわれた部屋に向かう。
すぐ着き、外から呼びかけるが反応がない。それよりもまず。
(気配が無い…!?)
障子を開け中を見回すと誰もいない。
室内には敷かれた布団と、検分したときに見た用途不明の絡繰りと手荷物が。
「どこにいったんだ…」
とりあえず乱れた布団を整える。
また入れ違いか?厠に行ったのだろうか?
それとも…出て行くつもりなのだろうか。
(俺が無礼な態度をとってしまったから…)
謝罪の機会の無いまま。
(梵天丸様が悲しまれるな…しかし今頃輝宗様に直談判しに行ったのかもしれない。里美殿は行動力があるからな。)
小十郎は気づいていなかった。
小十郎は城主の決定だからといっても可能性を疑い、里美のことを監視していた。
しかし今。里美の間者としての疑いが、自分の中に存在していなかったことに。
小十郎は全く気づいていなかった。
静かに息を吐き、整え終えた布団の上から立ち上がる。
「…探すか」
自分の中に悔いを残さないために。
そう決め部屋の外に出るために障子に手を伸ばした小十郎。
しかしその手が届く前に障子は開いた。
「え?小十郎さん?」
「!!」
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