天津風(9)
先程まで自身に宛がわれた部屋にいた里美だったが、廊下で座り込んでいる時に秋風で身体を冷やしたらしく。
厠に行っていた。
その後廊下でばったり会った女中に話しかけられ、今まで会話していたのだった。

「便所臭かったら悪いことしたな…」

余計なことを考えつつ予定も無い史絵美は、とりあえず部屋に戻ることにし、なんとか間違えずにたどり着いた。
そして障子を開けると。

「え?小十郎さん?」
「!!」

あてがわれた部屋の中に居た小十郎と向かい合ってしまった。

「…」
「…」

見つめ合う二人。

(怪しまれてるんだよなぁ…きっと。だから部屋の中に居たんだろう)

里美は少しの諦めと寂しさを感じながらも、話しかけた。

「えぇ…っと、とりあえず中に失礼します」
「あ、あぁ…」

秋風が寒い。
すぐ脇を通り過ぎて室内に入る。

「…」
「…」

此方に身体を向けているが小十郎と視線が合わない。
その様子にだんだん心配になる里美。

(やっぱり朝から具合悪かったのかな?)

「あの…よかったら、座りませんか?」

駄目で元々。
と思いつつ、室内にあった自分の真向かいに面した座布団を勧めてみる。

(でもやっぱりこんな怪しい奴に我が物顔で座布団勧められて座るような人じゃ)

「…」

スッ、ストン
(座っちゃったああ!?)

慌てふためく里美。心配に拍車が掛かる。
お茶でも飲ませてあげたいが自分は怪しい奴だし…ここにはいない女中に内心助けを求めながら何か言おうと口を開いた。

「こ、こじゅ…いや片倉様っ…」
「!!」

その途端首が飛んできそうな勢いで此方を見た小十郎。
ビビる里美。

「えっ…と……」
(怖ぇええ!)
「…」
「さっ、先程は!今もだけど…い、いきなり、声を掛けてしまって…すみません」

尻つぼみになりながらも喋る。

「…いや、俺も」
「え?」
「手を払ってしまった、すまねぇ…里美」
「!?」

謝罪と、まさかの名前呼び!しかも呼び捨て!
突然変わった呼び方に驚く。更に。

「払ってしまった時、赤くなっていたな…大丈夫か?」
「ひゃ、は…はいっ」

いきなり手を握られた。しかも手の甲を、小十郎の少し荒れた指先が何度も撫でる。
里美は自分が梵天丸に同じ事をしたのを思い出して余計恥じらった。

「た、大したこと無いですから…」
「いいや、お前は…この手で、梵天丸様を守ってくれた。なのに俺はその白魚のような手を」
「し、白魚のような手は言い過ぎですよ!?う…嬉しいですけど……」
「そ、そうかっ…」
「はい…」
「…」
「…」

(照れる!)

お見合いで、『後は若い者に任せて、我々は失礼します』って言われてお互い気まずい人達みたいになっている。
握られた手から伝わる体温に、顔もじわじわ熱くなっていく。

「か、片倉様っ?あの…私に何か用があるんじゃ?」
「そう、だったな…。梵天丸様が八つ時を共にしたいと仰ってな。体調が良いなら来てもらえないか?」
「梵天丸君が?勿論ご一緒します!」

(いい加減手を…あれ?小十郎さんは?小十郎さんのほうが具合は大丈夫?)

と考えていると。

「そうか…あぁ、その前に里美」
「はい?」
「その片倉様っつう呼び方を止めてくれ」
「…ええっ!?」

思わず立ち上がりかけ、繋がれた手に阻まれる。

「「あっ」」
「…だっ、て。お武家様だし…片倉様に迷惑かけてるし…怪しいし…」

そう言いながら手を解こうとするが、小十郎が離さない。
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