耳に当たる目に付く癪に障る(1)
身体がびくりと動き、自分は意識があることに気づいた。
あの高さから落ちて生きているのか?日差しが全身に降り注いでいるのだろうか?ポカポカと暖かい。
優しく頬を撫でるように風が吹き、心地よさに目をつむっていると、何処からか甲高い音が聞こえた。
その耳に障る音でぼんやりとした危機感に急かされ瞼を開ける。
光に慣れていない目は遮るものがないため、よく見えない。
明瞭に見えない視界の中に何かの塊。

(塊?)

「はぁ、あっ!?」

ベシャッ

目の前で転んだ塊。もとい幼い子供。
急いで走っていたようで、今は乱れた息を転んだ体制のまま整えている。

「大丈夫?」

ようやく目が光に慣れてきたので目の前の少年に声をかける。

「く、くるなっ!」

バッっと顔を上げて叫ぶ少年。
いきなりの拒絶に驚くが、幼い子供が焦って転ぶほど走り、話しかけると怯えるということは。

(…追われてる?)

よく見るとこちらを睨んでいるが、肩が小刻みに震え、白くなるほど手を握りしめている。
冷静に観察し、ゆっくりとしゃがみこみながら少年の目を見て告げる。

「早く逃げなさい、悪い奴が来る前に」
「!?」
おどろき、目を見開く少年。

(…すごい目がくりくり)

よく見ると包帯で片目を覆い、着物から覗く柔らかいだろう腕には逃げる途中で付いたと予想できる細かい傷が。

「怪我、してるよ?」

怯えさせないようゆっくり手を動かし、制服のポケットから青色のハンカチを取り出す。
びくりと少年が反応したが、またゆっくりとした動作で手を動かし、目立つ手の甲の怪我にハンカチを痛くないように巻く。

「……」
「よし、できた」

そうつぶやきながら、巻いたハンカチの上から手の甲を親指の腹で撫でて、手を離した。

「お逃げ」
「……かたじけない」

小さく呟いて少年は走っていった。
近くの茂みに姿が消えるまで里美は少年の背中を見つめていたが、影も見えなくなると、ほぅ…とため息をついた。

「大丈夫だろうか」

(引き止めてしまったから追ってきた奴に追いつかれていないかな?そういえば久々に人の顔を見て喋ったなぁ。ていうかなんで着物?かたじけないって言ったし)

次々と今まで所在不明だった疑問や不安がこみ上げる。
思考の海の中にいると。

「いやだっ、くんな!…こじゅうろうっ!」

悲痛に染まった高い声。先程の少年の声だ。
一気に暗い思考を吹き飛ばす。どうやら追っ手に追いつかれたようだ。

「…っ!!」

考えたと同時に急いで声が聞こえたほうへ走り出す。

(どこだ、どこだっ、どこだっ!)

森のの中を宛もなく走っていると遠く離れた視界の片隅に黒づくめの集団。
取り囲むように固まる人と人との隙間に、少年の手の甲に巻いたハンカチの青。

(見つけたっ!!)

背後から一気に迫る。
黒づくめの集団と少年が、自分が受けていたいじめの光景と重なり頭に血が上る。

「少年!!」
「!」

一斉に振り向く黒づくめ達を通り過ぎようとした瞬間。
身体に衝撃が走り、足がもつれて転ぶ。何が起こったのか分からなかった。

「ぐ、ふ──ゲホッゲホッ!グッ……」
「おい!しっかりしろ!!」

腹が焼けるように熱い。痛みも出てきた。どうやら刺されたらしい。
少年の側に倒れたようで、大きな瞳が里美の顔を覗き込む。

「(そんなに目ぇ見開いて、)げ、ふっ…こぼれゲホッ!ちゃうよ…?」

血に濡れた手をのばし、少年のくりくりした左目の瞼を撫で触る。

「…!っ!!、!?」

だんだん力が抜けていく身体。

(いま死んだら少年が……)

その思いと反比例して霞む視界。

(しょうねん…残して、だめ、死にたくない!)

そう強く里美が願うと、先ほど自身の頬に吹いた風を感じ、そして全ての身体の感覚が戻ってきた。

「いででっ、うぁっ」
「!!」

少年の潤んだ左目が目の前に。

「……キレイだね」

光に透かした琥珀のようだと、笑いながらそう告げた。

(治れ!)

強く願い、刺された傷口に右手を翳すと。
青みがかった色のついた風が緩やかに患部をなぞるように包み、あっという間に傷口を癒やした。

「!!」
「こやつめ、婆娑羅バサラ者かっ!」

ザワザワと揺れる空気。どうやらこの力は特別なものらしい。
すっかり痛みも消え、体は絶好調だ。

(……今のうちに倒すか)

ゆっくりと立ちあがる。
先ほどとは違い、警戒心むきだしの黒づくめ。

(クナイ持ってるから忍者か)

間合いを計っているのか、じりじり摺り足で近づいてくる。
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