柔らかな慟哭
人をぶっ飛ばし池に落ち、着物汚して説教されていた里美は11回目のくしゃみで説教から解放された。
「話が長くなりましたね。これからはお気をつけ下さるようお願いします。礼儀作法も指導しますのでそのつもりで」
「はい。気をつけます」
「では湯浴みの準備ができ次第お呼びいたします」
「ありがとうございます」
喜多さんが部屋から退出した途端、身体の力を抜く四人。
「……今度から喜多さん怒らせないようにしよう」
しみじみ零す。
「…そうだな、では!俺はそろそろ部屋に戻る!疲れた!」
「殿……では梵天丸様もお戻」
「やだ!さとみとしゃべりたい!」
小十郎の言葉を遮り駄々をこねる梵天丸。
「いけません。里美殿は疲れておいでです。明日話をすればよろしいでしょう」
「今がいい!」
「…えっと。あの、」
「如何した里美殿?」
「じゃあ、女中さんが呼びに来るまではいいですか…?お風呂入るまで私も会話したいな〜、なんて‥」
ぐわあっ、と眉間に皺を寄せる小十郎。ビビる里美。
(本当は身ぎれいにしてからの方がいいよね……)
「父上、小十郎…だめ?」「…いいでしょう」
「いいぞ」
了承されると喜ぶ二人と渋々な二人。
「やったぁ!」
「よかった…ってちょっと!」
嬉しくて抱きついてくる梵天丸に何故か里美が厳しい声を上げる。
それに伴い梵天丸から距離を取ろうとし、それを見た梵天丸が傷ついた顔をする。
「てめぇ…」
「さとみ、なんでぇ?」
「ああ違う泣かないで!嫌な訳じゃない!」
「じゃあ…」
「だって私池に落ちて臭いし汚い!梵天丸君が汚れるでしょう?」
そう言うとぴたりと止まる出かけていた涙。
「そうだった……」
「それにね」
「それに?」
「正座して、足しびれた…うぁあ」
苦悶の声を上げる里美。
その様子を見た梵天丸。
「……えい」
「ああ゛あっ!ちょっ!梵天丸く、」
「つんつん」
「うぎゃあああ!」
「…」
しばらく里美で遊んでいたのだった。
「ギブアップです…」
「ギブあっぷ?」
「降参、負けました、参ったって意味だよ」
「へー」
いつの間にか小十郎が部屋から居なくなっていた。その代わりに。
(一人…いや、)
梵天丸君の護衛であろう忍が潜んでいた。まぁ意味はないが。
「さとみ、さとみ」
「なに?梵天丸君」
「…怒ってないのか?」
「え?なんで怒るの?」
里美がハテナを飛ばす。
「だって…」
「梵天丸君遊ぼう?確かにうわぁって叫んだけど、梵天丸君と一緒にいるのがうわぁじゃないんだよ?…分かるかな」
「……うん」
不安げな小さな友達。私も不安だった時があった。
「ねぇ、知ってる?友達は一人ではできないんだよ」
「そんなの、当たり前だろ」
「うん。でも」
私は一人だったよ。
「!」
「今までの当たり前が、当たり前じゃなくなる。それは辛いし悲しい。そしてそれ以上に、それが当たり前になることが、一番悲しいことなんだよ」
「…悲しいが当たり前は、悲しいこと?」
「うん。悲しいと感じることは人それぞれだけど」
前の世界でいじめられ、それが日常になってた生活。梵天丸と出会い、会話し、まだ三日も経っていないが。
今なら分かる。
「慣れちゃったらいけないことも、あるんだよ」
「…」
部屋が静寂に包まれる。
「今は」
「?」
「さとみは今、悲しい?」
「どっちかっていうと悲しい。いじめられていたことも記憶に新しいし、刀は向けられるし」
「…」
「でもそれ以上に、なんか、なんて言うんだろう。すごいワクワク?そわそわ?もしてる」
「そわそわ?なんで?」
里美の言葉の真意が分からず尋ねる。
「一人から二人になれたから。初めての友達と何して遊ぼう、どんな話をしようかって考えっぱなしなんだ。二人ならどんなものが見つかるかなってさ」
「さとみ…」
「ねぇ、明日が楽しみにならない?」
「なった!」
「だから、今はそんなに悲しくないよ」
「あ…」
里美の言いたいことに気づいた梵天丸。
「そう思うと…なんかテンション上がってきた!」
「て、テンション?」
「気分、気分が乗ってきた!ってことだよ!」
「てんしょん!俺も!」
「うわあっはっはっはっ!」
「あはははああーっ!」
スパンッ
「あ…」
「うあ…」
向かい合い、高笑いしていると小十郎さんがいきなり障子を開けた。
「里美殿。湯浴みの準備が整いました」
「はい」
「梵天丸様。夕餉が出来ております。此方に」
「うん……じゃあね、さとみ」
「じゃあね、梵天丸君」
「では里美殿は、この女中に着いていってください」
「あ、はい」
それぞれ別々に動き出す。
私の夕餉は、どうやら一人で食べることになるようだ。
だけど、一人でも悲しくないよ。
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