ひんやりとした水が心地よい。 緩やかな水流を川上に向かって泳いでいく。立ち並ぶ木々を押しやるように川の横幅だけが空間を切り裂いて向こう側へと続いている。天然の造形なのだろうが、まるでテレビゲームに出てくる森のダンジョンのようだ。この川の向こうには隠れ部屋があって、お得なアイテムが隠されているのだろうか。 境界を越えると更に草木が伸び放題となっていた。もう植物の存在が飽和して成長すら止まっているように見える。その雑然さは片付けがあまりに苦手な人が下宿を始めて数年経過した自室と比べても引き分けそうだ。 カオリはためらいがちに川から上がった。四肢から水の雫が滴ってふんわりと地面を包む草に落ちる。 「寒い……」 思わず両腕を抱いて身震いしていた。長時間こんな格好でいたら風邪をひいてしまうだろう。 草の境を縫って先へ進んでいく。どこまで行っても僅かな光は差し込んできていて、その光の裂け目を選んで先を目指す。 眼前に広がる草木の壁がなぜ気になったのか、今ならばわかる。 その向こう側がやけに暗かった。ただ影になっているのではなく、その先になにか大きなものがあって視界を遮っているのだ。 幸いにも周囲は静かだ。泳ぐために剣は服とともに置いてきてしまったため、モンスターと出遭ったら応戦は能力を使う他ない。しかしこの様子ならその心配はないだろう。 眼前に迫った大きな蔦の壁を越えるとその正体が明らかになった。石碑である。アルファベットのUの字をひっくり返したような丸みを帯びた形状のそれが、蔓に覆われてしまった石畳の上に立っているのだ。両脇には地球文明にはあまり見かけないダイヤモンドを2つ重ねたようなかたちのなにかが飾られている。そして石碑の前には台座が置かれていた。一瞥だけならば公園に設置されている石造りの水飲み場のように見えなくもない。 耳を澄ませて何らかのモンスターがいないことを確認するとその台座に手を触れてみた。 何かの捧げものをしていたのだろうか。するとここには超自然的な何かが……? 民俗学や考古学を専攻していなくてもこれがなんなのかわかる気がする。おそらく捨て置かれた遺跡なのだ。日本にも管理者のいない寺社や墓石がそこここにあるし、ものによっては取り壊されてしまうこともあるという。連綿と受け継がれてきた信仰や文化の装置も、数が増えるにつれ淘汰されるものが出てくるのだ。おそらくここも忘れ去られてしまったもののひとつに違いない。 台座には小さく削られた葉の欠片が散っている。蟻のような生物に齧られてしまい、上方から落ちてきたのだろう。 カオリは台座を指でさらうと、今度は石碑に近寄ってその文面を眇めた。書かれている文字は見たことのないものだ。おそらくこの世界の古語であり、ソフィアらにも解読ができるかわからない。 数十秒ほど睨んでいたが、やはり理解できそうもなかった。カオリは左手を石碑について溜め息を漏らした。まだこちらの世界の書物すら読解に難儀している状態だ。一人前として生きていくには程遠いところにいることを思い知らされる。 その時だった。カオリは両足首に違和感を覚え、下を向いた。