「ダンクスさ……!」 ソフィアの声が届き終わる前に、ダンクスの体は地面に叩きつけられていた。 地面がかき混ぜられる音。噴煙の如く吹き上がる砂埃。身体を貫く衝撃。地震が起こったのかと錯覚したが、地を揺らしているのは他ならぬ自分自身だった。 全身に痛みが走り、思わず咳き込んだ。額にできた傷からは血が流れている。 まったく、洒落にならねぇ……。 腕の裏側がズキズキと負傷を知らせてくる。ダンクスはなんとか上体を起こすと口元を拭った。 そう、目の前の石柱を崩すことはできたが、時間差で爆発した西側の石柱のそれまではカバーできなかったのだ。東側のものがなぜ飛んでこなかったかは不明だが、一方からの礫だけでも無事では済まなかった。 そのとき、上方からゆっくりと高度を下げてくる魔将の姿が見えた。暗色のローブの裏側には燃え盛るような紅蓮の瞳が瞬いている。 「ほう、一撃で石柱を打ち壊すとはな」 アポスタイトが耕された土のように乾いた笑い声を漏らす。それはあまりに悠長な響きだったが、ダンクスの神経を研ぎ澄まさせるには充分な刺激だった。 ダンクスは意を決してその場に立ち上がった。飛来する岩石に打ち付けた左膝が挫けそうになる。 この男……魔将アポスタイトの魔法が一発でも直撃すれば命はない。その厳然たる事実がダンクスを駆り立てるのだった。 唐突にソフィアが息を呑む声が聞こえ、ダンクスは振り返った。 眼鏡の奥、新緑を思わせる色の瞳が揺れていた。嵐に煽られる樹木のように、か細い肩もガタガタと震えている。 このときソフィアは矢を射ていたのだった。しかしアポスタイトの展開するバリアに弾かれて一切のダメージが通らなかった。だがダンクスとしては本望であった。ダメージを与えてアポスタイトの関心がソフィアに向くことだけはどうしても避けたかったのだ。 「まあいい」 アポスタイトの履いたブーツが地面についた。石柱の召喚に巻き込まれて砕けた地表は、さらに踏みしだかれて虚しい音をたてている。 「神僕とやらを守りながらどこまで戦えるか。せいぜい足掻いてみるがいい」 アポスタイトはそう言うと杖に魔力を集め始めた。杖先に浮かび上がる禍々しい色の光は、周囲の闇を貪り尽くしているかのように不気味な輝きだった。 まずい。ダンクスは反射的に悟った。このまま全員に攻撃する気だ。空中に退避しているエネリスはともかく、ソフィアまで守りながら戦うことはできない。 「逃げろ!」 ダンクスは三度(みたび)叫んだ。責任感でどうにかなるほどこの戦いは甘くはない。 足手まといだと口にして言えないのは優しさなのか。自問の内容すらも吟味できないまま、ダンクスは大地を蹴った。 詠唱を続けるアポスタイトに正面から切りかかる。デトリュイールは杖をめがけて振り下ろされるが、やはり障壁に弾き返されてしまう。 間近で見たアポスタイトは表情ひとつ変えず、無心に呪文を唱え続けている。 「だったらこいつで……!」 腕に力を込めると斧が微細な振動をまとい始めた。しかし瞬時に繰り出された左腕を防ぐため、攻撃の下準備は解除せざるを得なかった。 目にも止まらぬ速さだった。アポスタイトは視線すら合わせぬまま掌底の要領で左手を打ち出した。空間を切り取って指弾するが如く、ダンクスの身体は周囲の空気ごと後方へと吹き飛ばされる。斧のひと振りで衝撃を相殺しようと試みたが、後ろに構えていたソフィアに受け止められる位置まで押し切られてしまう。 くうっ、とソフィアが息を漏らす。大柄なダンクスの身体を受け止めるため、自身も2、3歩後退することになった。 「すまない。ソフィア」 「いえ、それより」 「私が隙を作る。そのうちに叩き込むのじゃ」 ふたりの会話に割って入る声。ダンクスとソフィアは思わず目を見合わせた。その声が死神娘のものだと気づいた頃には漆黒のローブがふたりの傍を掠めていた。 ソフィアは変わらず目をぱちくりさせている。しかしダンクスにはその意図が読み取れた。 術の発動まで幾ばくもない。ソフィアに言葉も与えぬまま、再びダンクスは突進していく。 先陣を切る橙の光が闇夜を切り裂いて進んでいく。振りかざされた弧状の刃は袈裟斬りの軌道でアポスタイトの首を狙う。しかし、またもバリアが展開して魔将に触れることすらできない。 今度はじわりと視線を動かすアポスタイト。アポスタイトはエネリスを睨みつけると再び左腕が伸ばして彼女の首を掴んだ。 今しかない。 ダンクスは再び超振動を実現し、魔将の展開する光の壁にデトリュイールを叩きつけた。