妖精はある程度の距離を保ったままカオリの先を進んでいく。「どこに行くの?」などと叫んでみても返事はない。 目的地の予想はついていた。案の定妖精は森の入り口に着実に近づきつつあった。 道中、ソフィアの家を横切った。彼女を起こそうと思わなかったわけではない。しかしソフィアの母親のことを聞いていると夜中に呼び出す気にはなれなかった。代わりと言ってもダンクスの家がどこかはわからない。 昼間の会話で思ったが、おそらく妖精が見えているのは自分だけだ。かれらを起こしても信じてもらえなかっただろう。 自分には妖精の姿を捉える能力がある。今さらそんな事実が発覚しても驚きはしないが、なにか理由でもあるのだろうか。月並みな理由を挙げるなら心が清らかだからか、それとも子供だからか。どちらにせよ、なんだがガキ扱いされているみたいで嬉しくはない(前者なら少し嬉しいが、素直に褒め言葉としては受け取れない年頃である)。 明るい夜空のおかげで、暗がりの村を抜けることは容易い。しかし、その先の森となるとどうだろう? 転生時、カオリが倒れていた花畑まで、歩いて10分ほどのはずだ。案内はいないがこの子についていけば迷子の心配もなさそうである。 しかし太陽(?)の光もあまり届かない深い森のなかで、うまく立ち回ることはできるのだろうか。 結果から言うとそれは杞憂であった。森の入り口に来ると、白い光をまとった妖精がカオリに寄ってきて周りをぐるぐると回り始めた。これならば多少の明かりにはなるか。 草の生い茂る森へと入っていく。木々の間から漆黒の闇が口を広げ、窈然と続く夜の世界を不気味に見せている。しかし今さら怖気づいたなんて言えない。無口で可愛らしい外見の妖精はカオリの気持ちなどどこ吹く風、ゆらゆらと公転し続けている。あの場所までの道はそこまで複雑ではなかったはずだが、危険な目に遭わないことを祈らずにいられない。 その時だ。 カオリはあることに気づいて足を止めた。そして周囲を回る妖精に目をやる。彼女(?)は黙って動きを止めてカオリの眼前でアイドリングしている。 どうして、自分はあの場所に行かないといけないと思ったのだろうか。 …………。わからない。妖精を見かけたのがあの広場だったから、それだけなのだろうか。 草が揺れる音。唐突に生物の気配がして、カオリは驚いて飛び上がった。 草と草の間を黒い数十センチ大の生物が独特の動きで駆けていく。 「なんだ、ウサギか」 溜め息をついて胸を撫で下ろした。闇夜をガラの悪そうな目つきのウサギが通りかかったが、こちらを一瞥しただけでどこかへ行ってしまった。こういう手合はザコモンスターの一種ではないのだろうか。 まあいいか。無益な殺生は好まない。 その後は一種の肝試しのようであった。世界が世界だけに昼間に倒したリザードマンがゾンビになって復讐しにこないかとか、物理攻撃を受け付けないゴーストモンスターに追いかけられはしないかだとか、くだらない想像が浮かんでくる。しかし世界には怖い心霊話は数多い。世界観の似ている西洋のそれが突然現れたりして。 時折森を抜けていく風が、ざわざわと木々を揺らしている。その音と冷ややかな風が不穏な気持ちをつれてくるのがわかった。不安の理由は数えきれないほどの環境の変化のせいなのだろうか。 暗闇にだんだんと目が慣れて、ある程度ならかたちがわかるようになってくる。 それでも小石や木の根で躓かないように慎重に先へ進んでいく。 慎重さの甲斐あって、わずか3回の転倒だけでカオリは元いた広場へと戻ってこられた。カオリは擦りむいた膝をさすりながら、池のほとりで立ち止まった。